舞台下手。降り注ぐ太陽の下、メシーナのレオナの果樹園で乙女たちが華やかに集っているところへ、アラゴンの領主(原元太仁)一行が凱旋して、観客席後方の通路から登場してくる。鮮やかな導入。
メシーナの知事レオナートとその弟アントーニオに変えて、今回の演出では未亡人メシーナ公のレオナ(榎本由希)とレオナの姉アニータ(朝麻陽子)が修道院長となっていて、結果的にメシーナの側は女性世界、アラゴン側は男性世界という構造になって、明快さが増しているように感じられた。
その明快さの構図は、演出者の意図をそのまま借用すれば、ヒロインの父親(レオナート)を母親(レオナ)に変え、そのイメージをコリオレーナスの母親ヴォアラムニアのイメージに投影し、レオナの姉を『ペリクルーズ』のセリモンをモデルとした神に仕える修道院長とし、彼女がヒロインに講ずる仮死の手段は『冬物語』のエミリアのそれであるというところに表出される。
だがそのような隠れた意図を別にして、この劇の面白さはやはりパデユアの貴族ベネデイック(井出泉)とレオナの姪ベアトリス(牧野くみこ)の機知の応酬と恋のかけひきにある。それも井出泉と牧野くみこという二人の好演技があってはじめて成立する。二人のうまさがよく出ていた。
アラゴンの領主ドン・ペドロの腹違いの弟ドン・ジョンを演じる遠藤哲司は、クールな嫌味をよく出していたと思う。
バイ・プレーヤーとして期待していたつかさまりが、今回体調を崩されて出演できなかったのは残念であったが、ヒーローの侍女マーガレット役のつつみその子も違った温かみのある良さがあった(僕は勝手にマーガレット役につかさまりを想定していた)。
マーガレットの恋人役として、YSG(横浜シェイクスピア・グループ)の増留俊樹が、日本語による本格的な舞台としてはおそらく初舞台となると思うのだが、ドン・ジョンの家来コンラッドを素朴さが滲む演技で好演し、期待に応えてくれた。
ヒーロー(藤井由樹)とクローデイオ(関野三幸)、ベアトリスとベネデイックの二組のカップル成立の後、最後にもう一つ、このマーガレットとコンラッドのカップル成立ということで、幕。このカップル成立でこの喜劇の余情がいっそう増幅された気がした。
ドン・ジョンの家来ボラッチオの菊田健吾、メシーナの警吏ドグベリーの中井浩之、夜番バージス役の川久保州子など、今回は出演者も多彩であった。
次回は、恋の駆け引きという点ではその構図が似通った『恋の骨折り損』を素材に、奥泉光が書き下ろす『恋のむだ骨』が10月に公演されるのが楽しみである。
娘の七保と観劇
台本・演出・製作総指揮/江戸馨
3月4日(日)14時開演、大塚の萬スタジオ、チケット:3700円、座席:E列1,2番
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