トップへ戻る
 
  Types No.22 公演『ハムレット』      N0.2007-002
 

<ハムレットという作品に携わっていて、頭から離れないことがある。

            人間にとって本当の優しさとは何だろう・・・・。

             この作品はこの事ばかり私に問うてくる。

何故だかは自分でも分からないのだが、誠実に、なろうとしている。>

 

この作品の構成・演出をしているパク・パンイルがプログラムの巻頭に記している言葉である。この言葉が、この『ハムレット』のすべてを物語っているように思う。

これまでにも数多くの『ハムレット』劇を観てきたが、タイプス上演の『ハムレット』について強く感じた印象は、この「誠実さ」であった。清明な、とでもいえるような、澄んだ誠実さを感じた。

それはなぜだろう。そのことを考えながら、舞台を振り返ってみよう。

 

開幕の場面では、闇の中を白い長袖に、黒(あるいは濃紺?)の支那風衣装をまとった女性たちが下手からまず4人が登場し、彼女らの静謐な踊りに新たに上手から、そして下手からと加わって合計で13人の女性たちが闇夜を踊る。彼女たちは形を変えたコーラスの役割のようでもある。あとで分かることだが、この者たちは旅役者の一座として登場してくるだけでなく、ポーランドに進軍するフォーテインブラスの兵士たちの役割をも演じる。

13人の旅役者たちはハムレットの指示する外題の劇中劇を演じて、クローデイアスが狼狽して立ち上がったとき、舞台にそのまま残って本来はハムレットの台詞である、「手負いの鹿は泣き泣き逃げろ、無傷の鹿は楽しく遊べ・・・」をコーラスする。やはり、彼女らはコーラスの役割を担っているのだと感じさせる。

終幕もテキスト通りの終わり方で、フォーテインブラスの台詞の後、その場の人物たちは静止した状態で、あとは沈黙・・・・そして暗転とともに終焉となる。そこに余韻と余情を感じる。

舞台で意外に感じたのが、俳優座劇場の空間の広さ。加藤ちかの舞台美術は簡素でほとんど何もない空間であるが、水平に大きく広がる。それはこの舞台の、とりわけハムレットの性格にも及んでくる。

劇団代表の新本一馬が演じるハムレットは、精悍で行動的なハムレットであると思った。

クローデイアスが罪を悔いて祈りにふける場面で、ハムレットがクローデイアスを刺すのを留まって、「いま見のがすのはきさまの苦しみをのばすためだ」という新本から出る台詞は、復讐を逡巡するのではなく、むしろ強い決断と内に収める行動力を感じた。

出演者の顔ぶれも多彩であった。劇団タイプスからは、新本と同じくシェイクスピア・シアター出身の小島典子がガートルード、斉藤芳がホレーシオを演じ、クローデイアスは演劇集団「円」の創立メンバーの一人である大谷朗、舞台、映画に活躍する石山雄大がポローニアス、レアテイーズとオフイーリアは無名塾の松崎謙二と樋口泰子(彼女が狂気のオフイーリアを演じるときの目の動きが凄かった)、そして変わったところで丸山詠二が道化・墓堀人を演じた。この人は薄田研二が主宰した「中芸」に在籍したことがあるというから、相当の年配者のはず。その朴訥ともいえる飄然とした演技がその人柄を感じさせた。

演出のパク・パンイルなる人物がどういう人なのか、プログラムにもホームページにもその紹介がないので知りようがないのが気にかかる。

 

(訳/小田島雄志、構成/石山雄大、構成・演出/パク・パンイル、2月3日(土)、俳優座劇場にて観劇)

 

>> 目次へ