観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登
 
  ユーゴザパード劇場公演 『マクベス』      No.2006-008
 

劇場アートスフィアの閉館
1992年の?落とし以来14年間にわたってさまざまな舞台芸術の公演にその場を提供してきた劇場「アートスフィア」が、今回のユーゴザパード劇場の『マクベス』と『巨匠とマルガリータ』の2公演をもって幕を閉じることになった。以前からアートスフィアが特徴のある舞台を提供してきていたのを知ってはいたが、僕にとっては場所の利便性からつい足が遠のいて、この劇場に足を運ぶのは今回が2回目でしかない。今回足を運ぶ気になったのは、もちろんシェイクスピアの『マクベス』が上演されるというきっかけでしかない。ユーゴザパード劇場がどんな劇団であるのかも知らなかったが、ロシアの劇団でどのように演出され、どのように演じられるかという興味は多分にあった。

ユーゴザパード劇団の日本公演
備忘録的にユーゴザパード劇場について記しておくと、同劇団は1977年に、モスクワの南西部(ユーゴザパード地区)でアマチュア劇団として旗揚げし、1987年にはじめてプロの劇団として国に認められた。
日本への来日は、1989年10月に横浜で開かれた「第1回神奈川県・友好州国際アマチュア演劇祭」に自然環境破壊を問題にした現代劇『犬たち』をもって参加したのが最初で、翌1990年、渋谷のパルコで怪優といわれたアヴィーロフが演じる『ハムレット』をロシアのシェイクスピア劇として初めて日本で上演した。93年から97年まで、劇団東演との合作で『ロミオとジュリエット』を日本各地で合計200回以上にわたって上演し、2000年には、アートスフィアでゴーリキーの『どん底』と、ロシア俳優だけによるオリジナル『ロミオとジュリエット』と、ゴーゴリの『検察官』が公演された。続いて2003年にもアートスフィアでブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』、チェーホフの『かもめ』、シェイクスピアの『夏の夜の夢』が公演された。従って今回のアートスフィアでの公演はユーゴザパード劇場にとって3度目となる。

闇の魔力に導かれたマクベス
漆黒の闇の中から、3人の魔女が舞台奥で伏せた状態(実は仰向けになっている)からゆっくりと上半身を起こす。魔女の上半身は裸。顔は鉛色をした仮面をつけている。上半身起こした状態のままの姿で、そのままいざるようにして舞台前面まで進み出てくる。いざるような進みかたに見えたのは、魔女たちが実は背中を正面に向けて前に進んでいたからであることが分かる。つまり仮面は顔の後向きにつけられているのである。舞台中央まで進み出た魔女たちはそこで立ち上がり、後ろ向きの姿を正面にした所作でうごめく。背中の筋肉の動き、腕、手首、手先の動きがまるで正面を向いた動きのように見えるのが不思議な印象で迫る。魔女たちは男優によって演じられている。マクベスが魔女たちに自分の運命を尋ねる場面では、マクベスの問いに答える魔女は後ろ向きの仮面の顔ではなく、正面を向いた素顔であるのも意表をついたものである。バンクオーの子孫が国王となることは、魔女によってストレートに語られる。
ベリャコーヴィッチの『マクベス』は、闇と、青と赤の照明の光に照らし出された舞台からなる。舞台全体は漆黒の闇である。いや、照明はあっても闇を感じさせる。場面の状況によって、照明の光を青にしたり、赤にしたり、また青と赤のコントラストを同時に表出したりする。
闇と、青と赤の照明の光、そして魔女たちが一方の主役としたら、装置としての4枚の大きなスチールパネルがもう一方の主役ともいえる。スチールパネルは巨大な回転扉の役割をし、舞台で死を迎えるものは、観客席側に向かって扉が開かれるとき、舞台の人物が死んだことを見せつけ、そして舞台後方に押し開くときにはその死体が闇に消え去っている。マクベスとマクダフの決闘の場面では、このスチールパネルは巨大な盾の役割をする。二人はスチールパネルを盾にして、片手で互いに回しながら戦いのジェスチャーを繰り返す。
マクベス夫人の演技にも特徴がある。まず、マクベスの手紙を読む場面がない。夫人に魔女たちの言葉を伝えるマクベスがいるだけである。そして夫人の夢遊病状態での彷徨は、ろうそくを手にしてではなく、短剣をしっかり握っていて、最後にはその短剣を自ら喉に突きたてて果てる。マクベスの有名な独白、「明日、明日、また明日・・・」の台詞はマクベス夫人の死の場面では語られない。少し後になって語られることになる。
ロシア語は全く分からないが、演技全体を見て感じたことは、台詞力に重点があるように思えた。なによりも台詞に力があった気がする。分からないロシア語だが、聞いていて想像力を感じさせた。
演技としては、マクベスとマクベス夫人の関係など全体的に濃密さを感じさせるものがなかったような気がするものの、日本人の演出には見られない感性の違いの面白さを感じさせるものがあった。

(演出/ベリャコーヴィッチ、3月25日(土)、天王洲アイル・アートスフィアにて観劇)

 

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