観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登
 
  松竹主催・製作 『夏ノ夜ノ夢』      No.2006-005
 

なぜ『夏の夜の夢』でなく『夏ノ夜ノ夢』なのか?!
ということは堅苦しく考えずに、脚色だからタイトルを少し遠慮したと考えよう。
パック(尾上松緑)は妖精の王様オーベロン(村井国夫)と人間の間に生まれた妖精で、やがては妖精の王となる身分となる設定。人間界の自然の異常もどうやらパックの出生の秘密が原因らしい。
開演とともに見えるのは、紗幕を通して鎮守の森らしき風景と鳥居。紗幕が上がると、領民たちが神楽を踊っているように見え、やがては現代風のリズムの踊りに変わる。イージアス(菅野菜歩保之)が領民たちに、戦の遠征の間の苦労をねぎらい、敵対国スキタイとの和平の報告をし、領主シーシアス公がスキタイの姫と結婚することになったことを告げる。イージアスはその功績により執政官に任命されるが、自分の跡を継がせるべくデミートリアスを娘のハーミアの結婚相手に選ぶ。ハーミアとヘレナは巫女のような衣裳。
このように話の主筋を少しずつ変形させながらも、全体として原作に沿った展開をする。領主であるシーシウスとその婚約者であるヒポリタはこの劇では、存在を知らしめるだけで舞台には登場しない。
領主の結婚式の祝宴に演じる劇の練習をしているアテネの職人たちのところに、パックが式部長官のフイロストレイトに変装して現われ、でたらめの劇の指導をする。そこでパックはボトム(マイケル富岡)をロバではなく、ガマに変身させる。オーベロンはタイテーニアの魔法を解いたとき、ボトムの魔法を解くのを命じるのを忘れてしまう。
そのためボトムはガマの姿のまま、婚礼の日の祝宴でピラマスを演じる。が、そこへ再びフイロストレイトに変装したパックがシスビーの父親役として登場して一騒動起こし、その間にボトムの変装を解いて消える。その職人たちの劇を見ているのは、シーシウスとヒポリタにかわって、妖精の王オーベロンとタイテーニア。
宴の後。ライサンダーとハーミア、デミートリアスとヘレナ、彼らのもつれた恋の紐解きをしたのは、パックの仕業だと信じた彼らは、鎮守の森影のパックに、まるで見えているかのように呼びかける。
人影もなくひっそりとした鎮守の森に独り残ったパックの背中は、孤独な影を背負っている。
舞台奥に鎮守の森から見える町の明かりがイルミネーションの輝きを示し、それがパックの背中をいっそう孤独に見せる。パックは町(=人間界)に行くことを決心する。パックはヘレナを通して人間を愛するようになったのだった。パックの父親であるオーベロンは、パックを励まして、信じることを忘れた人間に、信じることを回復させるのを手伝うように言う。タイテーニアは、人間界は幸福なことより辛いことの方が多いけれども頑張るのだよと激励する。
この劇の、この最後の場面、漆黒の夜に輝く町の明かり、それを見つめるパックの姿が印象的で、それだけでこの劇のすべてを語っているようであった。

平日の昼間の部でしかも、都民劇場のS席半額招待日ということもあって、観客の8割以上がおばさま連中で、残りは、ほとんど白髪頭の男性。僕も抽選で当たったので、この日は会社を休んでの観劇(えーっつ!?)。S席とはいいながらもQ席33番で、1階席の最後列の左端に近い席。半額でも料金は5500円と決して安くはない。隣の席のおばさまは、W.シェイクスピアをダブル・シェイクスピアといっていたので、最初はダブルキャストのことかと思ったが、大体この程度の感じの観客が多かったような気がする。キャストも歌舞伎界の花形から、元モーニング娘(ハーミア役の保田圭)など、玉石混交(?!)の配役陣。プログラムは予想通りの値段で1500円。記念のためというより、記録のため仕方なしに買っておく。

(訳/福田恆存、脚色/小池竹見・加納幸和、演出/加納幸和、3月6日(月)、日生劇場にて観劇)

 

>> 目次へ