観劇日記 あーでんの森散歩道 高木登2005
 
  『トーキョー/不在/ハムレット』      No. 2005-001
 

遊園地再生事業団 + ニブロール 公演

この実験的ドラマは、休憩なしの2時間40分の上演時間の長さが忘れられてしまうような、激しいポエジーのような眩暈を感じさせる舞台であった。実験的、といってしまっていいのかどうか、僕には分からないのだけれど、このドラマは本公演に先立って、1年間にわたってその創作過程がプレビュー公演という形で公開され、変容を重ねてきた。もとよりそれらのプレビューの1つとして見ていない僕には、それらについて語る資格はまったくないのだが、幸いにもこの上演のプログラムに詳細に書かれているのでうかがい知ることができる。

それによると、昨年5月に戯曲のリーデイング、7月に劇中で映される映像の上映会、9月に実験公演、そして10月には準備公演がなされてきている。誰もが全ての創作過程の公演を見られるわけではないので、それぞれはある意味では独立した上演として見てもいいのではないかと思う。

さて。その本公演であるが、舞台は埼玉県の北川辺町という極めてローカルな地名を場所にしている。この北川辺町というのは、埼玉県にあって唯一、利根川の北側にある町である。なぜこのような土地を舞台に選んだかということもひどく関心がある。

その北川辺町にあるコンビニ、ローソンの前で、4人の若者たち、倉津、贄田、島村幸森、小西がたむろして、これから幽霊を見に行こうと話し合っているところから舞台は始まる。

そして。利根川の支流である渡良瀬川に17歳の女子高生の死体が浮かび上がる。それは自死であった。その女子高生、松田杜李子は自殺をする前に、「詩人」にバッグを預け、図書館で司書の島村巻子に携帯電話を預けたのだった。

この「幽霊」と「女子高生の入水自殺」が、『ハムレット』の「亡霊」と「オフイーリア」を擬似『ハムレット』として展開する。しかしこのドラマにはハムレットは登場しない。ハムレットは、牟礼秋人という名前の不在者である。

秋人の父は、建築現場で謎の事故死をする。秋人の母真由美は、夫冬一郎の死後、夫の弟夏郎治と再婚する(ガートルードとクローデイアスを想起させる)。

女子高生の松田杜李子の松田家は、北川辺町の古くからある隠れキリシタンの家系のようである。そのことは秘密にされている。杜李子には7つ年上の兄、鶏介がいる。両親はいるが、母親は男と蒸発して今は上野辺りに住んでいる。父親貞治は土建屋を経営しており町会議員でもある。杜李子は失踪している秋人の恋人であったが、あるとき、居間で兄鶏介に犯される。母親はそのことを知っていて、鶏介が母親とひそかに会ったとき、そのことを告げられる。松田家は明らかにポローニアスの家族をもじっているのだが、このように大きくひねられている。

図書館の司書をしている島村巻子の島村家は、『ハムレット』には関係ないのだが、その寓意性がある。巻子は夫の弟、幸森と一度だけ肉体関係を持つ。そのことで巻子は謎の電話に苦しめられることになる。

一方、北川辺町の若者たちの名前であるが、ローゼンクランツとギルデンスターンをもじった、倉津と須田、そしてホレイショーに相当する秋人の友人の名が贄田という。

秋人の叔父、今では義父である夏郎治から、倉津は秋人の所在を突き止めるように依頼され、倉津と須田が秋人を捜し求めて東京に出てきて、トラックの事故に会い、倉津は即死する(ハムレットを伴ってイングランドに向かって、彼の地で処刑されたロゼとギルを思い出させる)。須田は入院し、そこでいつも手紙を書こうとして書けないでいる患者、中地と一緒になる。中地は風俗店の女と親しくなり、彼女に代筆を頼む。その風俗店には別の一組のローゼンクランツとギルデンスターンがおり、この二人はトム・ストッパードのロゼとギルを思わせる。つまりロゼとギルは二重構造に存在している。

新宿・歌舞伎町の火災事故を思い出させるその火事で、北川辺町の町会議員が巻き添えで死ぬ。

『トーキョー/不在/ハムレット』は、『ハムレット』の劇を本歌取りしたような構造に、北川辺町の映像風景や、巫女を思わせる詩人が挿入的に繰り返し登場したり、風俗店の謎の「女」の存在などで、ドラマは複層化され、時に時間の逆行があり、ストーリーが複雑化される。

風俗店の「女」が踊るコンテンポラリーダンス。

すべての事件が終わったとき、暗転し、やがて舞台上には5つのろうそくの火が灯される。ろうそくの火だけの明るさの中に、舞台は初めのローソンの場に戻り、贄田、幸森、小西、菜都美の4人がたむろしている。このドラマの展開そのものが螺旋状的に展開していて、同じようなところに戻っているようで、そうではない構造を示しているので、この最後のリフレインがとても印象的になる。しかも人物が微妙にずれているのである。

ハムレット=秋人は初めから最後まで登場せず、不在であるが、不在であるがゆえにその存在感を意識させられるが、その名前は天皇明仁を感じさせ、トーキョーという都市の名が記号化されて響いてくるドラマであった。

 

(作・演出/宮沢章夫、1月15日、シアター・トラムにて観劇)


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