あーでんの森 散歩道 高木登2004
 
  『から騒ぎ』と『恋の骨折り損』 〜 シェイクスピア・シアター喜劇連続公演   〜N2004-017
 

 シェイクスピア・シアターが創立30周年を前にして、俳優座劇場で10月2日から10日まで途中1日の休演をはさんで8日間、『から騒ぎ』5公演と『恋の骨折り損』4公演を連続して上演した。

 この二つの喜劇を連続して見て感じたことは、意外と似通ったパターンをしているということであった。この二つの作品の創作年代ははっきりしていないが、『恋の骨折り損』が1594年頃で、『から騒ぎ』が1599年頃と推定されている。従ってこの間には5年ぐらいの隔たりがあるのだが、演じられているのを見て思ったのが役柄として人物造形が似ているということだ。それは出口典雄の演出による近似性かもしれないが、座付作者であったシェイクスピアの劇団でも同じではなかったろうかと思う。

 まず登場人物の組み合わせの相関性がある。『から騒ぎ』のベネデイックとクローデイオ、ヒーローとベアトリス、そしてヒーローの侍女マーガレットとアーシュラ、これに対して『恋の骨折り損』では、ビローンとナバール王ファーデイナンド、フランス王女とそれに仕える貴婦人ロザラインとマライア、キャサリンがそれぞれ対応する。

 シェイクスピア・シアターではベネデイックとビローンを平澤智之、クローデイオとナバール王を松本洋平が演じ、ヒーローとロザラインを島小百合、ベアトリスは原智美、フランス王女は住川佳寿子と役柄を振り分け、ヒーローの侍女マーガレットとアーシュラは勝亦祐子と松田京子、フランスの貴婦人二人は、マライアが中島江美留、キャサリンを森結佳が演じた。道化役としては、『から騒ぎ』のドグベリーと『恋の骨折り損』のコスタードを石渡匠が受け持った。劇の構造としてはこの登場人物同士の相関性が強いし、二つの劇を続けてみることでその印象を強くすることにもなる。

 シェイクスピア・シアターの舞台の特徴は、まさしく何もない空間で台詞だけを飛び交わすという、ユニークで貴重なシェイクスピア劇の再現でもあり、そこで出口典雄メソッドともいうべき特徴的な台詞術が発展する。

 出口典雄の舞台を見ていて印象的に感じるのは、この台詞の様式化であろう。近年ますますその様式化が強まってきて、まずこの様式化をいかに自分のものにしてしまうかが、シェイクスピア・シアターの俳優たちの試練であるように思える。様式を自分のものにできていない俳優の台詞は、鋳型に嵌め込まれたようで柔軟性がなく、堅苦しく感じる。

 今回この二つの劇の主役とでもいうべき役柄の平澤智之と松本洋平は、出口典雄メソッドの台詞術をまさに自分のものとして掴みかけてきている期待の中堅である。特に平澤智之のベネデイックとビローンは台詞も多く、レパートリー形式に近いこの連続公演をうまくこなしていたのには感心した(プロだから当たり前?!)。さすがに2公演目の『恋の骨折り損』の初日では、台詞を少しとちっていたが、それにしても大奮戦であった。

 女性では島小百合がヒーローとロザラインという、これも台詞の多い役柄を大きく演じており、好印象を与えてくれる。『から騒ぎ』ではヒーローではなくベアトリスを演じていたら、平澤智之と完全な対をなしていたのだが、そこのところが少し残念である。

 シェイクスピア・シアターではひときわ身長も高く、目立つ存在でありながら、その台詞口からくる堅苦しい印象で役柄にいつも違和感を覚えていた山崎泰成が、『恋の骨折り損』でスペインの風変わりな騎士アーマードを、大向こうを切るような演技で楽しませてくれたのは、今回の収穫であった。

 10年一昔とはいうが、劇団創立30周年は一世代の時代の推移である。出口典雄と若い劇団員とは、親子以上年の差が離れているであろうが、これからも年に負けない若い演出と意欲的な上演を期待したい。

(訳/小田島雄志、演出/出口典雄、俳優座劇場にて10月5日『から騒ぎ』、8日『恋の骨折り損』観劇)


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