あーでんの森 散歩道 高木登2004
 
   男優だけで演じる 『お気に召すまま』     No. 2004-012
 

 『お気に召すまま』という作品は、シェイクスピアの作品の中でも男優だけで演出されるのにむいているようです。もともとシェイクスピアの時代には男優だけで演じられていたわけですから、どの作品でも男優だけでの演出は可能なわけですが、意識的に男優だけの演出と言うのは、この『お気に召すまま』が一番多いような気がします。

 日本でもこれまで男優だけによる『お気に召すまま』は、俳優座の増見利清演出で78年に上演され、その後再演もされたそうですが、私が記憶しているところでは、チーク・バイ・ジャウルが結成10周年記念として東京グローブ座(当時はパナソニック・グローブ座)で、92年に来日公演しています。その時にロザリンドを演じたのが、2001年にピーター・ブルックの演出でハムレットを演じたエイドリアン・レスターです。黒人のロザリンドということで、オーランドーとの恋愛ごっこのおかしみが増幅されていました。

 蜷川幸雄の『お気に召すまま』では、ロザリンドに成宮寛貴が演じていますが、彼はおそらく女形は初めてではないでしょうか。そのまま女性としても通用するほど十分に美しい容貌と顔色ですが、どことなくごつごつした感じが残っていました。それが欠点というより、愛嬌になっていたと思います。一方、ロザリンドの親友シーリアを演じる月川勇気は女形のベテランで、可憐で華奢な艶色があります。今時の女性以上に色気があります。この二人の白い宮廷ドレスの姿は、とても美しく見えました。

 蜷川幸雄の音楽の使い方のうまさにはいつも感心させられるのですが、今回もところどころで、BGMに激しいロックの音楽を鳴り響かせて、何ごとかを予感させます。

 開演に当たっては、登場する役者全員が客席の通路を疾走し、舞台に横一列に並んで挨拶をします。そしてまた颯爽と舞台を走り去ります。

そして舞台は、オーランドーと老僕のアダムがそれぞれ馬の手入れをしながら、オーランドーがアダムに自分の境遇の不満をぶちまけているところから始まります。イメージの具体的な視覚化ということでは蜷川幸雄の演出にいつも感心させられます。オーランドーの台詞に出てくる馬を舞台に登場させ、その世話をしているということで彼の境遇が具体的に理解されます。

アーデンの森の美術装置にも工夫があります。森の木々のリアルさを残したまま、演技がその自然主銀のリアリズムに陥らないようにと、公演の直前になって森の色をナチュラルからグレーにしたそうです。同じ森でも『夏の夜の夢』の森は異界(妖精の王国)ですが、この『お気に召すまま』のアーデンの森は、悪意が浄化される森です。弟によって追放された前公爵は、宮廷の虚飾と欺瞞から解放されています。オーランドーの長兄であるオリヴァーも弟オーランドーを探し出すために森に追放されますが、この森で改心します。前公爵を攻め立てに来た弟のフレデリック公爵も森の入口で年老いた隠者に出会って、心を改め公爵領を兄に返すことを決心します。そこには自然でない作用を及ぼす力が働いています。それを色によって表象しようとしたところに工夫がなされています。

森の中でのオーランドー(小栗旬)とロザリンドの恋人ごっこは見せ場ですが、ライオンに噛まれて血の跡が残るハンカチを見て気絶するロザリンドも絶妙でした。それだけに返っておかしみが増幅されたように思います。

これまで見過ごしていて、今回はじめて気づかされたことに道化タッチストーンの結婚の問題があります。道化が衣装にまだら服を着るのは、道化が本来両具性で男女を超越しており、従って道化は舞台では結婚しないことになっているらしいのですが、タッチストーンはご存知のとおり羊飼いの娘フィービーと結婚します。しかしその結婚は2ヶ月しか続かないだろうとジェークイーズから予言されます。森を出て宮廷に戻れば、道化本来の役目を負うことになり、結婚は成り立たないことを暗示しているのでしょうか。その道化にはベテラン菅野菜保之が好演していました。

最近の蜷川幸雄の舞台には欠かせない存在になりつつある、前公爵を演じる吉田剛太郎の台詞力は群を抜いていて、舞台が引き締まっていました。

山下禎啓のフィービー、杉浦大介のオードリーの女形役も、それぞれ愛嬌があってよかったと思います。

レスラーのチャールズには蜷川幸雄の舞台ではお馴染みの元相撲取り、大冨士が扮してまさに適役でした。

最後はハイメンの登場(ここでは声だけで、三体の福助人形が吊り下ろされてきて笑いを誘いました)で、メンデルスゾーンの結婚行進曲(「夏の夜の夢」)とともに4組の結婚式の大円団となります。

踊りの途中でストップモーション。そしてその大円団から抜け出てきたロザリンドが、エピローグの口上を述べますが、台詞の切れが悪く聞き取りにくいところがあったのは女形の声色のせいでしょうか、ちょっと残念な気がしました。

この手の舞台としては少し長めで、休憩時間20分をはさんで、3時間20分という上演時間でしたが、若手の人気俳優が出演していることもあってか、カーテンコールでは女性観客の多くが熱烈なスタンデイング・オーベイションをおくっていました。

(翻訳/松岡和子、演出/蜷川幸雄、装置/中越司、 彩の国さいたま芸術劇場・大ホールにて、
                     8月14日観劇)


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