あーでんの森 散歩道 高木登2004
 
  彩の国シェイクスピア・シリーズ・第14弾 男優だけで演じる『お気に召すまま』No. 2004-011


 『お気に召すまま』という作品は、シェイクスピアの作品の中でも男優だけで演出されるのにむいているようだ。もともとシェイクスピアの時代には男優だけで演じられていたわけだから、どの作品でも男優だけでの演出は可能なわけで、意識的に男優だけの演出と言うのは、この『お気に召すまま』が一番多いような気がする。
 日本でもこれまで男優だけによる『お気に召すまま』は俳優座の増見利清演出で78年に上演され、その後再演もされたそうだが、自分が記憶しているところでは、チーク・バイ・ジャウルが結成10周年記念として東京グローブ座(当時はパナソニック・グローブ座)で、92年に来日公演している。その時にロザリンドを演じたのが、2001年にピーター・ブルックの演出でハムレットを演じたエイドリアン・レスターが黒人のロザリンドということで、オーランドーとの恋愛ごっこのおかしみが増幅されていたのが記憶に残っている。
 蜷川幸雄の『お気に召すまま』では、ロザリンドに成宮寛貴が演じているが、彼はおそらく女形は初めてではないだろうか。そのまま女性としても通用するほど十分に美しい容貌と顔色であるが、どことなくごつごつした感じが残っていた。それが欠点というより、愛嬌になっていたと思う。
 一方、ロザリンドの親友シーリアを演じる月川勇気は女形のベテランで、可憐で華奢な艶色があり、今時の女性以上に色気がある。この二人の白い宮廷ドレスの姿がとても美しく見えた。
 蜷川幸雄の音楽の使い方のうまさにはいつも感心させられるが、今回もところどころでBGMに激しいロックの音楽を鳴り響かせて、何ごとかを予感させた。
 開演に当たっては登場する役者全員が客席の通路を疾走し、舞台に横一列に並んで挨拶をした後、颯爽と舞台を走り去る。
 そして舞台は、オーランドーと老僕のアダムがそれぞれ馬の手入れをしながら、オーランドーがアダムに自分の境遇の不満をぶちまけているところから始まる。
 イメージの具体的な視覚化ということでは蜷川幸雄の演出にいつも感心させられる。
 オーランドーの台詞に出てくる馬を舞台に登場させ、その世話をしているということで彼の境遇が具体的に理解される。
 アーデンの森の美術装置にも工夫がある。森の木々のリアルさを残したまま、演技がその自然主銀のリアリズムに陥らないようにと、公演の直前になって森の色をナチュラルからグレーにしたそうである。
 同じ森でも『夏の夜の夢』の森は異界(妖精の王国)であるが、この『お気に召すまま』のアーデンの森は、悪意が浄化される森となり、弟によって追放された前公爵は、宮廷の虚飾と欺瞞から解放されている。
 オーランドーの長兄であるオリヴァーも弟オーランドーを探し出すために森に追放されるが、この森で改心する。前公爵を攻めに来たフレデリック公爵も森の入口で年老いた隠者に出会って、心を改め公爵領を兄に返すことを決心する。そこには自然でない作用を及ぼす力が働いている。それを色によって表象しようとしたところに工夫がなされている。
 森の中でのオーランドー(小栗旬)とロザリンドの恋人ごっこは見せ場となっているが、ライオンに噛まれて血の跡が残るハンカチを見て気絶するロザリンド役の演技も絶妙あった。それだけに返っておかしみが増幅されたように思われる。
 これまで見過ごしていて、今回はじめて気づかされたことに、道化タッチストーンの結婚の問題がある。
 道化が衣装にまだら服を着るのは、道化が本来両具性で男女を超越しており、従って道化は舞台では結婚しないことになっているらしいのだが、タッチストーンは羊飼いの娘フィービーと結婚することになる。
 しかしその結婚は2ヶ月しか続かないだろうとジェークイーズから予言される。森を出て宮廷に戻れば、道化本来の役目を負うことになり、結婚は成り立たないことを暗示しているのであろうか。その道化にはベテラン菅野菜保之が好演した。
 最近の蜷川幸雄の舞台には欠かせない存在になりつつある、前公爵を演じる吉田剛太郎の台詞力は群を抜いており、舞台が引き締まって感じられた。
 山下禎啓のフィービー、杉浦大介のオードリーの女形役も、それぞれ愛嬌があってよかったと思う。
 レスラーのチャールズには蜷川幸雄の舞台ではお馴染みの元相撲取り、大冨士が扮してまさに適役。
 最後はハイメンの登場(ここでは声だけで、三体の福助人形が吊り下ろされてきて笑いを誘った)で、メンデルスゾーンの結婚行進曲(「夏の夜の夢」)とともに4組の結婚式の大円団となる。
 踊りの途中でストップモーション。そしてその大円団から抜け出てきたロザリンドが、エピローグの口上を述べるが、台詞の切れが悪く聞き取りにくいところがあったのは女形の声色のせいであろうか、ちょっと残念な気がした。
 この手の舞台としては少し長めで、休憩時間20分をはさんで、3時間20分という上演時間であったが、若手の人気俳優が出演していることもあってか、カーテンコールでは女性観客の多くが熱烈なスタンデイング・オーベイションをおくっていた。

 

翻訳/松岡和子、演出/蜷川幸雄、装置/中越司
8月14日(火)13時開演、彩の国さいたま芸術劇場・大ホール、
チケット:(B席)5000円、座席:1階LB列9番

 

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