高木登劇評-あーでんの森散歩道
 

2004年の「シェイクスピア劇回顧」と「私が選んだベスト5」

●蜷川幸雄の活躍
 今年も蜷川幸雄の活躍が目を引いた。1月に『タイタス・アンドロニカス』、8月には男優だけによる『お気に召すまま』(いずれも彩の国さいたま芸術劇場での公演)、10月から12月まで英国内8都市で、英国人の俳優のための『ハムレット』を演出、そして12月には昨年の『ハムレット』に続き、藤原竜也と鈴木杏のコンビが出演する『ロミオとジュリエット』を演出(日生劇場)。8万枚のチケットがすぐに完売という超人気で、昨年の『ハムレット』同様、チケットが取れなかった。

●新装東京グローブ座でシェイクスピア劇上演
 一昨年ジャニーズ・グループに経営が引き継がれた東京グローブ座が約半年間の全面改装を経て、1月15日から鴻上尚史演出で『ロミオとジュリエット』を公演。6月には木野花演出で『夏の夜の夢』を上演。残念ながらこの2作とも観劇していない。

●野田秀樹の初オペラ『マクベス』演出 (5月、新国立劇場)
 ヴェルディの『マクベス』を野田秀樹が初めてオペラ演出、魔女を骸骨で登場させる。これも残念ながらチケット入手できず。

●今年もまた『ハムレット』
 安寿ミラのハムレット再演(2月)、子供のためのシェイクスピアで植本潤のハムレット(7月)、レパートリー・シアターKAZE公演、モルドヴァ出身のペトル・ヴトカレウ演出による『ハムレット』(9月)は、いずれも異色の作品。
 また、中東3カンパニー公演として、クエートから、スレイマン・アルバッサーム・シアターカンパニーがアラブ諸国を中心とする多国籍俳優陣による『アル・ハムレット・サミット』を演出(2月)。

●海外からの来日公演による『オセロー』が日本の『オセロー』と競演
 4月にRSCが来日し、グレゴリー・ドーラン演出、アントニー・シャーのイアーゴー、黒人俳優のセロ・マーク・カ・ヌクーベのオセローが、ル・テアトル銀座で上演され、時を同じくして、劇団AUNがサンシャイン劇場の舞台を客席にした特設舞台で『オセロー』を上演。11月には日欧舞台芸術交流会により、イオン・カラミトル演出の『オセロー』が三百人劇場で上演された。

●日本では上演がまれな作品が2作公演された
 6月に、シェイクスピア・シアターにより『ヴェローナの二紳士』、劇団昴により『コリオレイナス』が上演された。いずれもこれまでほとんど上演されていなかっただけに貴重であった。

●シェイクスピア関連劇
 東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)が7月に『リアの3人娘』再演し、9月から10月にかけて新作『そしてリチャードは死んだ』を上演。ボズワースの戦いで死んだはずのリチャード三世が、お人よしなまで善人に変身し、バッキンガム、二人の王子、マーガレットが登場する興味深い作品であった。
 12月には、カナダのティモシー・フレンドリー作の『エリザベス・レックス』が、麻美れいのエリザベス女王、奥田瑛二のシェイクスピア役で上演された。シェイクスピアが死を前にしてエセックス伯の処刑前夜の出来事を回想するドラマで、史実とフィクションを巧みに紡ぎ出した作品。

●和様シェイクスピアの上演
 りゅーとぴあ能楽堂によるシェイクスピア劇、6月に表参道の銕仙会能楽研究所で『マベス』、12月には東中野の梅若能楽院会館で『リア王』が上演された。栗田芳宏が能の様式を用いて演出。新潟市芸術文化振興財団主催という地域活動としても特色があった。
 そして今一つは、創設以来「二人一役」の手法を探求し続けているク・ナウカが2001年の初演を新装して、下北沢のザ・スズナリで『マクベス』を再演。マクベスを演じる阿部一徳のみが男性で、他の出演者は全員女性。女優たちはコロスの役割を担い、全員和服。その動きは文楽を思わせるものがあった。

●私が選んだ2004年のベスト5

1. 蜷川幸雄演出の『タイタス・アンドロニカス』
2. RSC来日公演 『オセロー』
3. John Dove演出の『尺には尺を』 (ロンドンのグローブ座)
4. メジャーリーグ制作・安寿ミラの『ハムレット』再演
5. 子供のためのシェイクスピア 『ハムレット』

≪選考理由に代えての感想≫

1. 沸騰するようなエネルギーが噴出する激烈な演技。原作にはない、エンディングの小ルーシアスの悲痛な叫びは、そこに至るまでのドラマ(=演技)をすべて集約して、無化させてしまう力を持っていた。
2. エミリア役のアマンダ・ハリスが最も印象的であったが、RSC初めてのアフリカ出身のオセロー役セロ・マーク・カ・ヌクーペの訛りのあるアクセントがムーア人であるオセローを身近に感じさせた。
3. イザベラが公爵のプロポーズを受け入れたかのように、公爵と手を重ね合わせて踊り出す結末の大円団で、この舞台がめでたく終わり、喜劇として楽しめた。
4. 再演であるがまったく新しく生まれ変わっているところに新鮮さを感じる。前回登場のなかったフォーティンブラスの登場で、今回、オープニングと円団の構造が大きく変わっている。
5. こんな楽しい『ハムレット』は初めて。オリジナルにはない挿話も組み込まれ、それが面白い劇中劇効果を生み出している。

●シェイクスピア翻案劇からベスト3

1. スレイマン・バッサーム作・演出の『アル・ハムレット・サミット』
フセイン政権の崩壊したイラクを現在進行形の眼で見ている我々には、このハムレットの小国に明日の平和な未来を感じることができないだろう。フォーティンブラスは第二のクローディアスであり、フセインでもある。『ハムレット』とい世界共通演劇ともいうべき素材を通して、中東の現代史のメッセージを我々はここに見ることができる。日本という国が、イラクに自衛隊を送り出したことで、我々はもはや傍観者ではなく当事者として、あるいは共犯者になるかも知れない・・・・
2. TSC公演 『そしてリチャードは死んだ』
現実のリチャードと鏡の向こうのリチャードは、悪⇔善、醜⇔美、不均衡⇔均衡、不具⇔正常という姿を映し出している。リチャードは一瞬の間、夢を見ていたようである。「馬」の代わりに、鏡の向こうの自分を夢見ていた、そんな気持ちにさせるドラマであった。
3. ク・ナウカの『マクベス』
初演とは異なる再演。阿部一徳はマクベスの台詞と所作、それに夢遊歩行のマクベス夫人が罪に汚れた手を洗う場面のみ、台詞と所作の両方を演じ、マクベス夫人がマクベスの分身であることを明示する。
 
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