子供のためのシェイクスピア 『シンベリン』       No. 2003-012

 昨年7月に東京グローブ座が閉鎖となり、これまで活動してきた「子供のためのシェイクスピア」の活動が心配されたが、サンシャイン劇場という新しい場を得て、今年も無事続けることができたことをまず喜びたい。96年の『ロミオとジュリエット』に始まって、今年が9年目で、作品としては8作目。2000年に『リア王』と『十二夜』の再演があるので、作品数としては公演の回数と作品数が合っていない。

 今回の公演の作品『シンベリン』は、日本ではこれまでほとんど上演されていない。シェイクスピアの全作品上演にチャレンジして実践したシェイクスピア・シアターの公演(80年5月、渋谷のジアン・ジアンにて)を除けば、82年に串田和美の自由劇場による公演を数えるのみである。僕自身の観劇記録としては、9393年9月に、当時のパナソニック・グローブ座で、英国のコンパス・シアター・カンパニーによるプレヴューの観劇があるだけである。

 『シンベリン』は、シェイクスピアの後期の作品で、その中で「ロマンス劇」として一括して呼ばれる作品の中の一つである。「ロマンス劇」には、その推定創作順に、『ペリクルーズ』、『シンベリン』、『冬物語』、『テンペスト』とがある。そのうちの『テンペスト』、『冬物語』は比較的よく上演されるが、『ペリクルーズ』と『シンベリン』は、日本ではほとんど観ることができなかった。そのうちの『ペリクルーズ』を、今年蜷川幸雄演出で観ることができたが、続いて「子供のためのシェイクスピアカンパニー」によって、この『シンベリン』を観る機会を得られたのは大変喜ばしいできごとだった。また今年10月には劇団AUN(吉田鋼太郎・栗田芳宏主催)によって、『冬物語』が上演されることも決まっており、今年は一挙に3作品の「ロマンス劇」を観ることができるのも偶然の喜びである。

 「ロマンス劇」というのは、一見荒唐無稽なドラマであるが、それだけに波乱万丈のストーリーの面白さがある。主人公もしくはそれに近い人物の「追放」や「仮死」による離別という悲劇的展開から、最後には再会、和解の大円団、ハッピーエンドの悲喜劇ドラマである。『テンペスト』を別にすれば、他の3作品は「時」と「場所」が飛躍飛翔する。この『シンベリン』も、場所をブリテンとローマに広げて展開する。

 「子供のためのシェイクスピアカンパニー」による『シンベリン』は、9人の俳優+人形1(人)によって、13役+2役が演じられる。一人2役の早変わりが見もので、その早変わりが子供たちにも先が読め、それが的中するということで大いに受けている。物語は入り組んでいるので、人物名も初めてシェイクスピアに接する場合覚えやすいとは決して思えないのだが、子供たちには、早変わりの次の展開が容易に想像がつくようである。衣装を着替えて早変わりで登場すると、子供たちの歓声と笑い声が観客席にわく。

 『シンベリン』はもともとその物語自体が面白いので、それに役者の笑わせる場面が加わると一層面白くなる。シンベリンの王妃の息子クロートンを演じる戸谷昌弘がよく笑わせてくれる。佐藤誓が演じるヤーキモとベレーリアスの早変わりが子供たちを喜ばせる。サービス満点の演出である。

 舞台装置はいつものことながら簡素であるが、舞台中央奥に、16角形をしたパオような赤いテントがあり、それが自分には東京グローブ座を憧憬で懐かしむような印象を刻みつけた。他に道具としては、小さなテーブルが2つと椅子がそれぞれに2つずつあるだけである。

 今回も特に注目したのは、いつもの全員黒いマントとソフト帽の黒子姿の衣装以外に、役柄での衣装である。ブリテン王シンベリンの華やかな王の衣装、その王妃の紫の衣装、ローマ軍の将軍リューシャスの衣装など、友好まり子の役柄に応じた衣装作りが、早変わりの人物造形を明解にしている。

 「子供のためのシェイクスピア」ということで、いかにして子供たちを飽かせないようにするか、子供たちにとって嘘っぽくないようにするかが決め手で、その工夫が随所に生かされている。出演だけでなく演出を手がけている山崎清介がかつて、子供向けテレビ番組「ひらけポンキッキ」をやっていたことが大きく生かされていると思う。その山崎清介は、この「子供のためのシェイクスピア」でずっと人形を使ってきているが、今回その人形の役割は、ジュピターで、この物語の運命を司る神として最初から最後まで物語に立ち会う。また、山崎清介が演じる医師コーニーリアスの大先生としての役割も果たしている。人形は、いつものようにコーラスの役目でもある。

 この物語のタイトルがなぜ『シンベリン』なのかというのも一つの疑問であったが、劇を見終えて感じたことは、これはやはりブリテン王シンベリンの物語だということを納得させるものだった。

 だからシンベリンを演じた間宮啓行が主役。シャイな性格の間宮啓行が中心人物として中央に立って、苦手なカーテンコールに、3度、4度と応えることになったのは皮肉である。

 今回の『シンベリン』は、これまでの「子供のためのシェイクスピア」の中でも最高に面白かった中の一つである。そしていつものように、出演者が何よりもシェイクスピアを楽しんでいるのがよく伝わってくる。

 7月4日に新潟の小出郷文化会館に始まった「シンベリン全国ツアー」は、このサンシャイン劇場の後も全国各地を回り、9月7日の埼玉富士見市民会館での公演まで続く長丁場である。そして、来年の公演は『ハムレット』と決まっている

(訳/小田島雄志、演出/山崎清介、7月19日、サンシャイン劇場にて観劇)


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