劇団AUN第6回公演 『マクベス』        No. 2003-009

~ 息も継がせぬ活動劇、今甦る! ~

 肉体と台詞による衝撃的な舞台である。

 開場とともに劇場(スタジオ)に入場すると、あまりの暗さで周りがよく見えない。夜盲症である僕は、客席にたどり着くまで蹴躓きながらも、最前列のやや右寄り中央の席をゲット。目が慣れてくると、平土間の舞台にはマネキンの生首が無数にころがっているのに気がつく。数えてみると14個ある。開演までの30分間、グレゴリオ聖歌「降誕節のミサ」が流されている。このミサ曲は舞台の進行中にも、要所要所で効果的に荘重に繰り返される。土曜日のマチネということもあってか、開演前には客席がいっぱいになって、スタッフの掛け声で、後から来る人の席を確保するためにいっせいに詰め合う。

 開演とともに聞こえてくるのは、若い女性の独り言のような電話。好きな男性への、嫌われると分かっていても、どうしようもない切ないストーカーのような告白電話。それはだんだんと、電話の操作で声がくぐもっていき、男のような声に変質していく。その告白電話の間に3人の魔女が登場し、血の色のような口紅を、口避け女のように、唇の周りにたっぷりと塗りたくる。魔女の目の周りは隈取りがしてあって、それぞれ異形の様相を示しているが、一人の魔女はなかでも般若のような顔つきをしている。服装は魔女の定番である黒い衣装ではなく、白のフリルつき衣装。妖艶と媚態の魔女である。

 3人の魔女は中島みゆきの「れいこ」の歌とリズムに乗って踊り始める。その踊りの途中から、舞台上手の奥で、坊主頭で赤褌だけの異様な容貌をした男(鶴忠博)が、3人の魔女のリズムにあわせて一緒に踊っているのに気がつかされる。しかし、微妙な位置関係にいるので、この男を注視していると魔女が視界から外れて見えなくなる。

 「いつまた三人、会うことに?雷、稲妻、雨のなか?」以下の台詞が魔女の口から、嵐のように激しく吠えるように発せられ、魔女が去った後に、激しい戦闘の場面が展開され、魔女はその間をぬうようにして、舞台に転がっていた首をかき集めて消えていく。

 魔女は、「観る者」となって、登場場面以外でも、舞台正面奥の登場口の役割も果たしている入り口で、出窓から覗き見するように、あるいは3匹の猫のように座って、舞台の出来事を観察する。また、時に舞台の黒子のように不要となった小道具を巧みに片付ける役目もする。

 マクベスがダンカンを殺害する夜、マクベスの目の前に現われる幻想の短剣は、魔女が頭の上に載せて登場する。最初は無垢の白刃、続いて血塗られた短剣、最後は、例の赤褌の男が引く乞食のイザリ車に座った魔女が、仏壇の鉦を持って登場。マクベスの前で魔女はそのイザリ車から降り、代わりにマクベスが乗る。魔女が叩く鉦の音を合図に、赤褌の男は「出発しますよ」と声をかけ、マクベスは「やってくれ」と答える。殺戮の陰惨な場面の前の緊張感が緩み、客席から笑いの声が聞こえる。そして魔女が叩く鉦の音が、ダンカンを殺害する合図でもある。

 谷田歩が演じるマクベスの台詞と肉体は、鮮烈で、激越で、精悍である。ただそれだけでなく、沈黙の間の取りかたが絶妙である。余りの沈黙に、発せられる台詞を待つ間が気の遠くなるほど長く、旨が張り裂けそうになってくる。その典型的な台詞は、シートン(鶴忠博)から妻であるマクベス夫人の死を知らされた時。「あれもいつかは死なねばならなかった」、この台詞が発せられるまで、どのくらい待たされただろう!?もう出るか、もう出るか、と思っても、谷田マクベスは、台詞を言わない。ただ、表情だけが硬直していく。そしてその台詞が発せられ、「明日、また明日、また明日」と続いていく台詞は、腹の底から搾り出していくような、苦渋の声となる。

 マクベス夫人の林佳世子も、新鮮な感じを与える。マクベスを虜にするような女の媚と、断固たる決意に固まる鉄の女の側面をうまく表現している。夢遊病の状態で城内を歩き回る場面では、蝋燭のかわりに洗面器を持って登場する。血を拭うために手を絞るようにする仕草は、本水を使っているので淡白に演じ、表象的であるより具象的である。

 マクベスがダンカンを殺害した後の門番の場面は、緊張の極点から解放する息抜きの場であり、楽しみな場面でもある。客席に座っていた門番役の松木良方が、おもむろに加藤登紀子の「男と女の間には~」で始まる「黒の舟歌」をゆっくりと静かに歌い始め、そして舞台に立ち上がって最後まで切々と歌い上げる。ベテランのシェイクスピア劇俳優らしく、余裕を感じさせる台詞回しで、最近のニュースであるサーズの問題などをアドリブにして、舞台の緊張を解きほぐす。ベテランの妙味。

 マクベスの暗殺者に殺されたヴァンクオー(前田恭明)が宴席に亡霊の姿で現われる姿は、白の花嫁ドレスであり、頭には赤いリボンを結んでいる。陰惨な場面での、こんな遊び心も楽しい。

 マクベスが魔女を訪ねる場面も圧巻である。3人の魔女X3=9人の魔女とヘカテイ。ヘカテイは釜(ドラム缶で形作っている)の中から登場する。このヘカテイは例の赤褌の入道男を演じている鶴忠博。マクベスの運命が告げられた後、魔女たちによる賑やかな踊りとなる。その踊りの中に、殺されたダンカン(関川慎二)がバレーの衣装をまとって参加する。ひときわ背丈も高く、それが妙な愛嬌をそそる。そしてマクベスもつられて踊る。

 マクダフと戦って敗れたマクベスの首が舞台に残される。その首に舞台上からスポットライトがあてられ、次第にフェイデイングしていって暗転する。すべての台詞も終わっているので、ここで終わりかと思っていると、3人の魔女が現われる。冒頭の女の電話を思い出させるように、中島みゆきの「化粧」の歌。

 そして、「いつまた三人、会うことに?雷、稲妻、雨のなか?」「どさくさ騒ぎがおさまって、戦に勝って負けたとき」「つまり太陽が沈む前」「おちあう場所は?」「あの荒野」と、3人の魔女の台詞が、この劇の連環性を暗示的に表象して舞台は終わる。

 休憩なしの2時間10分が、あっという間に過ぎていった。スピード感のある、肉体と台詞の衝撃波を感じさせる緊張感の高い舞台であった。これが演出者として3回目になるという吉田鋼太郎の演出も、一言で表現すれば、手垢のついていない斬新フレッシュな感銘を受けた。また彼と岩井秀人とで弾かれるギターの音も、この劇の効果を高めるのに一役買っている。

 最後に、この劇で歌われていた歌の題名についての質問に、メールでご丁寧に答えてくださったマクベス夫人の林佳世子さんに、この場を借りて再度お礼を申し上げます。

   (訳/小田島雄志、演出/吉田鋼太郎、5月10日マチネ、高円寺・明石スタジオにて観劇)

マクベス夫人からのメールより (追記)

劇団AUN公演『マクベス』の観劇日記を読んでいただいた林佳世子様より、その感想とあわせて「ダンカン殺しに向かう鶴さん&マクベスの台詞は“発車します”“お願いします”でした。マクベスが乗った板を引くのはかなりの重労働だったようです」というメールをいただきました。観劇日記の訂正と、林様へのお礼を申し上げます。


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