〜 陰謀と策謀が渦巻くスパイ小説もどきのスリリングなドラマ 〜
厚みのある、濃密さを感じさせる作品である。
『ハムレット』の劇中劇をドラマ化したバックステージの仕立てであるが、『ハムレット』のオリジナルを入れ子構造に仕込んでいて、重層的な展開を示す。
『ゴンザーゴ殺し』の作者ネジャルコ・ヨルダノフは、1940年ブルガリアの生まれで、首都意ソフイア大学の文学部ブルガリア語学科を卒業し、劇作家、演出家、プロデユーサーとして活躍。若い時から詩作で人気を集め、反体制詩人として有名であったという。『ゴンザーゴ殺し』が東側の体制が崩壊する前の時代の1988年に書かれた作品であることを思うと、この劇の意味するところが多重的に見えてくる。極めて政治的な隠し味を感じさせる。
物語は、落ちぶれた旅役者の一座に、ある日降って湧いたような儲け話が転がり込んでくる。デンマーク王子ハムレットの依頼によりエルシノア城内で芝居を打つことになる。その仕掛け人は国政顧問官である宰相のポローニアス。
単純にその儲け話に乗った座長チャールズに、一座の古株ベンボーリオは、何の為に呼び出されたか聞いたか、と問いただす。ベンボーリオの疑念は、同じようなことがこの城で50年前に起こって、王宮お抱えの筆頭役者だった自分の父親が首をはねられて殺されていることから生じているのだが、他の連中はそんな古い話はと、気にもかけない。
城の中ではいつも誰かがスパイで盗み聞きをしている。そんなデンマークは「牢獄」である。「デンマークは最悪の牢獄の一つ」という台詞を口にするのはハムレットではなく、ここではポローニアスである。ローゼンクランツとギルデンスターンも国王のスパイである。ポローニアスの召使の筆頭も国王のスパイであった。だから息子レアテイーズの様子を伺わせるという名目でフランスに遣わした。レアテイーズは父の意を解して彼を始末してくれることを確信している、とポローニアスはホレイショーに語る。そしてハムレット王子は負け犬だから、オフイーリアを絶対に渡さないと言う。役者たちにやらせる芝居の台本を渡すのはホレイショーだが、ポローニアスはその台本が『ゴンザーゴ殺し』であることを知っていてやらせる。ポローニアスとホレイショーは、「二人が何かを知っていると、もう秘密じゃない」と微妙な駆け引きを展開させる。
亡くなった国王の国政顧問官は全員殺されていったのに、ポローニアスだけが残っている。彼が生き残ったのは、新しい国王に、片付ける必要のある国政顧問官たちの片付ける方法を進言することで宰相の地位を留めたのだった。そして最後に生き残る術が、実は大きな企みとして潜んでいる。オフイーリアをノルウエーの王子フォーテインブラスと結婚させることで、自分の息子レアテイーズをデンマークの王に据えることが彼の遠謀である。ポローニアスの生き残っていく権謀作術は、崩壊前の東側の体制を想像させるに難くない。
ところでこの『ゴンザーゴ殺し』では6人の役者たち以外に、『ハムレット』の登場人物では、ポローニアスとホレイショー、それにオフイーリアの3人が登場する。劇中劇の場では、クローデイアス、ガートルード、ハムレットが「影」として舞台ギャラリーに登場し、台詞は、「声」が別に語る趣向となっている。
その「影」の国王、王妃の前で『ゴンザーゴ殺し』が演じられ、旅役者達は国家反逆罪で逮捕される。ガートルードとハムレットの会話を盗み聞きするためにガートルードの私室に潜んだ宰相ポローニアスは王子ハムレットに誤って殺され、ノルウエーのスパイであったことが発覚する。狂ったオフイーリアは、「わたしはデンマークとノルウエーの王妃です」と言ってチャールズを責めている刑吏の前に現れる。刑吏は証拠の書類としてハムレットが書いた『ゴンザーゴ殺し』の書き足しの台本をオフイーリアから巧みに騙し取るが、国王の命令でハムレット王子の名に言及することは厳禁とされているという理由で、ホレイショーに没収される。
刑吏による拷問で捏造された調書で、座長のチャールズとその妻エリザベスは斬首の刑を宣告され、その他のものは鞭打ちの刑と市民権の剥奪を宣告される。
最後のどんでん返しは、その宣告が渡された後に起こる。英国から戻ったハムレット王子が、レアテイーズの毒剣で刺し殺され、そのレアテイーズもハムレットに刺し殺された。王妃は国王が用意したワインの毒杯を飲んで死に、国王クローデイアスもハムレット王子に刺し殺され、死骸四体と、新しい国王、フォーテインブラス国王が誕生した。その報告をもたらすのは、新しい国政顧問官となったホレイショー。
新国王の勅命で、旅芸人の一座の役者たちは、先王クローデイアスに反抗する謀略の積極的な推進者であり、デンマークの英雄として、新しく設立する常設王立劇場の俳優となり、座長チャールズはその支配人に拝命される。そして刑吏に没収された役者達の報酬1万ダカットは返還される。チャールズは、約束の残りのお金について「閣下、残りのものは? 何が、その先に?」とホレイショーに尋ねるが、ホレイショーの答えは、
「その先は― 沈黙だ・・・」 ― 幕。
この劇を厚みあるものにしているのは、ポローニアスを演じる内田稔をはじめとして、老優ベンボーリオの高木均、座長の妻エリザベスの小沢寿美恵、座長チャールズの石波義人、ホレイショーの水野龍司、刑吏の金子由之などベテラン陣と、役者ヘンリーを演じる石田博英ほか、若手の活躍に負うところが大きい。
客演の高木均はとぼけた感じをうまく表現しており、この劇のもつ重苦しさを中和している。そのベンボーリオの印象に残る台詞。「人間にとっちゃあ、これまでどれくらい生きてきたのか、なんて事はまったく意味をもっちゃいない。これからどれくらい生きられるかが大切だ」。
刑吏を演じる金子由之が、凄みを表情や言葉で出さずにいて、返ってその凄みを利かせているところなどはスゴイ。その刑吏の台詞、「俺の任務は、信じる事じゃない、国家にとって有益な真理をつきとめることだ」も、かつての東側の体制を表象しているように取れる。
ツルゲーネフは「シェイクスピアは我が国民的資産」と語り、旧ソ連時代にもシェイクスピアの人気は高く、著名なシェイクスピア学者モローゾフが、「シェイクスピアは、ソビエトで第二の故郷を見出した」と述べているそうだ。そしてブルガリアやポーランドなど中欧諸国の人々にもロシア人にひけをとらないほど、シェイクスピアを好きだと言う。
この『ゴンザーゴ殺し』を観て感じたことは、ヨルダノフがシェイクスピアの『ハムレット』を実に忠実に読んでいるということだ。『ハムレット』のもう一つの読み方を見せてくれる。貴重な体験をした。
(作/ネジャルコ・ヨルダノフ、訳/中本信幸、演出/菊池准、2月11日、三百人劇場にて観劇)
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