高木登 観劇日記
 
  演劇集団円公演 『マルフイ公爵夫人』 No.2002―007

 エリザベス朝演劇を代表する劇作家の一人ジョン・ウエブスターの悲劇『マルフイ公爵夫人』が、この度ステージ円のオープニング公演の第2弾として上演された。イギリスではシェイクスピアに匹敵する作家としてよく知られ、たびたび上演されるということであるが、残念ながら日本ではこれまで上演されてこなかった。

ジョン・ウエブスターの伝記はよく知られていないが、生まれは1580年頃で、1630年に没している。シェイクスピアより16歳ほど年下でシェイクスピアの晩年に活躍し、シェイクスピアを別にすればエリザベス朝演劇を代表する最高の評価を得ているが、その作品は共作を別にすれば、『マルフィ公爵夫人』と『白い悪魔』の2作しかない。

『マルフィ公爵夫人』は1614年頃にシェイクスピアの劇団によって初演された。マルフイ公爵夫人を、マクベス夫人やクレオパトラを演じた少年俳優リチャード・シャープが演じ、その双子の兄フェルデイナンド公爵をこの劇団の立役者リチャード・バーベッジ、ボゾラは、イアーゴウを演じたと思われるジョン・ロウインが勤めたとのではないかといわれている。

ジョン・ウエブスターで思い出すのは、近年上映された『恋に落ちたシェイクスピア』で、このジョンがネズミをもてあそび、『タイタスとアンドロニカス』のような残虐な場面を好む少年として登場する。その台詞で後の劇作家としての彼の性格をよく描き出しているが、彼の作品は血の残虐性に満ちている。シェイクスピアの悲劇もよく人を殺すが、ウエブスターの残虐ぶりと不条理性はもっと徹底している。

本邦上演はこれまでなかったが、『マルフイ公爵夫人』の翻訳としてはこれまでには、1966年に春陽堂から出された世界名作文庫に萩原健彦訳が入っており、1974年には筑摩書房から出された「エリザベス朝演劇集」(全14編)に関本まや子訳(『モルフイ公爵夫人』)がある。最近では小田島雄志のエリザベス朝演劇集第3巻に、『モルフイ公爵夫人』と『白い悪魔』が収められている(1996年、白水社)。

円の公演にあたっては、安西徹雄が新に上演台本として翻訳をし、その演出を行っている。ステージ公演とはいえ幡野寛による美術は、簡素な中にも奥行きを感じさせるものがある。舞台は平土間の張り出しで、開帳場。奥には木と漆喰作りを思わせる建物の外壁をあしらっていて、シェイクスピアの時代感覚を感じさせる。

この舞台でのみものはなんといっても、草野裕が演じるボゾラであろう。すべての悲劇はこの男、ボゾラから始まりボゾラで終わる。しかしながら、ボゾラという男、『オセロ』のイアーゴウのように、悪の不条理に徹しているわけではない。最後に良いことをしようとマルフイ公爵夫人の愛人アントニオを助けるつもりが、結局は自分の手で殺してしまい、自分も狂ったフェルデイナンド公爵に殺されてしまう。マルフイ公爵夫人、その兄フェルデイナンド、長兄の枢機卿、その愛人ジュリアといったこの舞台の中心人物は結局皆死んでしまう。映画『恋に落ちたシェイクスピア』に登場した残虐非道の舞台を好む少年ジョン・ウエブスターのことを思い出させるのに十分な舞台であった。めずらしい、貴重な上演舞台を楽しむことができた。

(作/ジョン・ウエブスター、訳・演出/安西徹雄、ステージ円にて、3月31日観劇)


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