高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   無名塾公演 『ウィンザーの陽気な女房たち』            No. 2002_007

〜 胴回り2メートルの巨漢フォルスタッフの愛嬌演じる仲代達矢 〜

 どちらかというとこれまでシリアスで悲劇的な作品を上演してきた無名塾が、『マンドラゴラ・毒の華』以来20年ぶりに喜劇に挑戦。それも喜劇というよりファルス(笑劇)の『ウィンザーの陽気な女房たち』。
 主人公サー・ジョン・フォルスタッフは、シェイクスピアの『ヘンリー四世』にまず登場する。この劇に登場するフォルスタッフをエリザベス女王がたいそう気に入り、「あの騎士が恋する芝居が見たい」と命令されたシェイクスピアが、この『ウインザー』を2週間で書き上げという伝説がついて回っている。また、この作品はシェイクスピアの戯曲の中で唯一イギリスの市民生活を舞台に描いた芝居としても特異な作品でもある。
 大酒のみの大食漢、大ボラ吹きで大の女好き。節操もなければ、名誉も糞食らえ、といった調子で天衣無縫。大言壮語を吐くかと思えば、臆病者で小心者。そんなどうしようもないフォルスタッフだが、なぜか憎めない愛嬌がある。
 その憎めない愛嬌を仲代達矢が、酒焼けした赤ら顔で、胴回り2メートルという巨漢のフォルスタッフを好演する。聞くところによると、その巨漢を演じるのに20キロもの衣裳を身につけての熱演という。
 小田島雄志の訳で、語呂合わせや言葉遊びも十分にあるところに、「聖域なき構造改革」「抵抗勢力」「リストラ」などという時事的な駄洒落も入れて、観客を身近にぐっと惹きつけるところなどは、ベテラン仲代達矢の余裕とサービス精神を感じる。
 原作にはないガーター館の女を登場させ、フォルスタッフの女好きをうまく演出している。またフォルスタッフは、フォード夫人とページ夫人以外にも、同時に未亡人にも恋文を出すというのも原作から変えている。そしてフォルスタッフを懲らしめるのに、この3人が共同してあたるという趣向を凝らしているのも面白い。
 この劇の結末では原作にないフォルスタッフの悲劇(?)を暗示的にする演出が挿入される。森でさんざんな目に遭わされたフォルスタッフのもとに、ハル王子が国王(ヘンリー五世)となったという知らせが入る。
 フォルスタッフにとって、我が世の春が一気に押し寄せたに等しい朗報である。ウィンザーの女房たちを籠絡して金をものにしようとした企ての失敗もなんのその。喜び勇んで国王となったハル王子のもとへとフォルスタッフは向かう。フォルスタッフにとっては、万々歳の知らせであったろうが、『ヘンリー四世』の結末で、ヘンリー五世となったハル王子から追放の処分を受けるフォルスタッフの運命を知る観客には、フォルスタッフの悲劇を覚えるだろう。
 妹尾河童の舞台美術が素晴らしい。白塗りの壁で木造りの建物の並びが奥行きの風景をなして、ストラットフォードの町を思い起こさせ、懐かしい気持にさせてくれた。可動式の舞台装置で場面の転換も途切れることなく、テンポよく舞台が進行する。
 台詞も演技も、無名塾らしい、しっかりした構成の舞台であった。


小田島雄志訳、林清人演出
3月3日、池袋・サンシャイン劇場


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