高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
  彩の国シェイクスピア・シリーズ・第9弾 『ウィンザーの陽気な女房たち』 No. 2001_014

〜 誰もがシェイクスピアを好きになる! 〜

 芝居は面白くなくっちゃ、という人におすすめ。
 シェイクスピアを知らない人でも、これを観ればシェイクスピアって面白いんだ!とまず思うだろう。シェイクスピアを知っている人は、シェイクスピアってこんなに面白かったんだ、と思うことだろう 。
 面白さにも感覚的面白さと、知的面白さのようなものがあるが、鴻上尚史の『ウィンザーの陽気な女房たち』はその両方において満足させてくれる。
 舞台はのっけから衝撃的に楽しい。
開演とともに、出演者が四方八方、縦横無尽に走りまくって、現れては去っていく。
 観客席の階段通路を自転車に乗った役者が舞台に向かって疾走して駆け下りてきて観客を驚かせ、喜ばせてくれる。
 彩の国さいたま芸術劇場小ホールは、舞台が盆の底状になっていて、観客席がすり鉢状にせり上がっていて、観客は舞台を見下ろす形となっている。
 舞台は一面みどり色で、ところどころ丘状にやわらかな起伏が作られている。
 演じられる舞台はそれだけにとどまらず、観客席の階段状の通路から、観客席を含め、二階、三階の機械操作用のギャラリーまで使われるので、観客はあちらこちらと首を動かさなくてはならない。
 観客は舞台のスピードに自然についていくようになり、観客の呼吸と舞台の呼吸がピッタリ合う、そういう舞台であった。
 これは演出に負う面白さの一端であるが、この面白さはこの劇そのものの成立過程の面白さも手伝っている。
 この劇の成り立ちには、『ヘンリー四世』二部作に登場するフォルスタッフの活躍に興をそそられたエリザベス女王が、「この男に恋をさせてみよ」と命令したことで書かれたというエピソードがあり、ピストル、バードルフ、ニム、クィックリーなど『ヘンリー四世』でお馴染みの人物たちも登場する。
 シェイクスピアの唯一の現代劇で、場所もイングランドのウィンザー。
 ロンドンは「人種の坩堝(るつぼ)」と言われてきたが、シェイクスピアの当時でもそうであったかのようで、いろいろな人物、人種が登場する。
 サー・ヒュー・エヴァンズはウェールズ人で牧師兼グラマースクールの教師で、彼の話し方にはウェールズ訛りがあり、松岡和子訳では「ズーズー弁」にされていて、彼を演じる木場勝巳が実にうまく、面白かった。
 医師のキーズはフランス人で、フランス語特有の'h'の発音ができないうえに、ボキャブラリーにも乏しく、大森博がオーバーなアクションで、疝気質な人物としてうまく演じた。
 登場人物の性格が千差万別、多彩で面白い。そのうえ、キャストが豪勢である。
 『ヘンリー四世』第二部でフォルスタッフの旧友として登場する治安判事のシャロ―は、この『ウィンザー』では80歳を超えた人物として登場し、彼の言葉遣いは『リア王』のグロスター伯や、『ハムレット』のポローニアスのように繰り返しが多い。それを花王つとむが飄然として演じる。
 シャロ―の甥スレンダーは、どこか知恵が足りなくて、人の尻馬に乗るところがあり、『十二夜』のサー・アンドルー・エイギュチュークとよく似ているところを、石井愃一が面白おかしく演じて笑わせてくれる。
 酒場のガーター亭の亭主は人をはめるのが好きで、何でも知ったかぶりではったりやの人物として、ちょっとドスがきいて、斜めに構えた感じの山本龍二が演じる。
 フォルスタッフが恋におちる二人の夫人、アリス・フォードとメグ・ペイジには、宮崎美子と江波杏子のベテラン女優が思いっきり色っぽく演じる。
 脇役人だけでもこのように相当な顔ぶれである。
 主人公で舞台の中心である巨漢フォルスタッフは、大酒飲みのほらふきで、好色で、大言壮語で、その実、大の臆病者、そんなフォルフタッフを、憎めない愛嬌ある人物として堂々(?!)と江守徹が演じる。
 今回、蜷川幸雄に代わって演出を担当した鴻上尚史は、シェイクスピア初演出となる。
 彼のロンドンでの演劇学校留学体験で感じた彼自身の自信を示すに十分な、のびのびとした躍動豊かな、またひとつ新しいシェイクスピアが生まれた。

 

訳/松岡和子、演出/鴻上尚史、装置/中越司
5月26日(土)14時開演、彩の国さいたま芸術劇場・小ホール、
チケット:6000円、座席:1階I列7番

 

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