高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   彩の国シェイクスピア・シリーズ第8弾 『マクベス』      No. 2001_008

〜 新生『マクベス』は、鏡の向こうに、或いは鏡を見る自分の中に 〜

 安土桃山時代に設定された仏壇舞台の『NINAGAWA・マクベス』が大きく変わった。
 開演前の舞台は、マジック・ミラーが観客席をシンメトリカルに反射して、観客は舞台を見つめる自分を見るとともに、鏡の向こうで何が起ころうとしているのかを期待することになる。
 しかし、マジック・ミラーの向こう側からは覗けても、こちら側からは見つめる自分しか見えない。 その見つめる自分を通して、自分の内面を覗くことになり、マクベスは自分の中にあるものだ、ということを慄然と気づかされることにもなる、そんな仕掛けとも受け取れる。
 このマジック・ミラーは劇の進行中にも舞台背景として効果的に使用される。
 マクベス夫人が夢遊病状態で手に燭台を持って徘徊する時、その姿がマジック・ミラーに反射されて複数の揺らめく姿となって白く映し出される。
 マクベス夫人は白い夜着を着ており、闇の黒さとマジック・ミラーの黒さとのコントラストが鮮烈なイメージを作り上げる。
 新生『マクベス』の展開はテクストに忠実で、新奇な解釈を取り入れることもなく、非常に分かりやすいものとなっている。それだけに個々の演出、演技の技量が問われる真っ向からの真剣勝負となって、それがかえってスリリングな緊張感を生み出している。
 今回の出演者を見て、主役のマクベスとマクベス夫人に唐沢寿明、大竹しのぶという異色(?)の組み合わせもさることながら、ほとんど全員がシェイクスピア劇とは縁が遠い俳優たちの適用であることに興味がわいた。
 その出演者のほとんどが、これまでのシェイクスピア劇に縛られない、型にはまらない現代のシェイクスピアを演じたいという抱負を語っているように、これまでとは異なる新鮮な『マクベス』であり、シェイクスピアであった。
 開幕の場面では3人の魔女が登場する前に、スローモーションの動きによる戦闘場面が展開され、舞台の上から血の色の細い紐が数本垂らされて揺れており、舞台には葦のような草が背高く生繁っていて、戦闘はその草むらの中に見え隠れする。
 続く2場では、その舞台がダンカン王の陣営となり、ダンカンとマルカムの二人は馬にまたがって登場する。
 戦況を報告する血に染まった伝令兵士は、観客席から舞台まで駆け上ってくる。
 スケールの大きな舞台を予感させる演出である。
 大竹しのぶは<夫を思うがゆえに闘い、翻弄されるマクベス夫人の深い愛>(注1)を演じる。
 これまでの<怖い><魔女のような>印象を与えるマクベス夫人からガラリと異なるのは、衣装の設定にも表れる。
 マクベスからの手紙を読みながら観客席の通路から登場してくるマクベス夫人の衣装は、百合の花を思わせる清楚な白いドレスである。腕には水仙に似た大きな白い花一茎を抱えている。
 そこには夫マクベスの手紙を喜んで読みふける愛しい妻の姿がある。
 夫マクベスはグラームスの領主となり、コーダーの領主ともなった。魔女の予言によれば、その先には国王にもなるとある。
 夫を愛する夫人はマクベスの気性を十分に分かっている。
 国王の地位を勝ち取るには、夫は、ここという時の決断力、実行力に欠ける。それを自分が補ってやらねばと、強く決意する。
 唐沢寿明のマクベスは<普通の男が巻き込まれた人生の歯車が狂う瞬間を演じる>。(注2)
 マクベスは<悪人ではない>普通の人間であったのが、魔女との出会いで運命の歯車が狂ってしまい、こんなはずではなかったのに、悲惨な悲劇へと陥っていく。
 その究極の叫びが、マクベス夫人が亡くなった知らせを聞いたときの、「何も今、死ななくていいものを」とつぶやく台詞に重くのしかかってくる。それから続く有名な台詞、「明日も、明日も、また明日も」は、静かに抑えた口調ではなく、胸が張り裂かれたような悲痛な絶叫として吐き出される。
 勝村政信のマクダフは熱演である。ロスから妻と子の虐殺を知らされたときの茫然自失の表情、虚ろとなった目、絞るように身体を捻じ曲げて呻吟する姿、そしてマクベスを倒した後の息づかいは迫真の演技であった。
 バンクオーを演じた六平直政もギラギラする重みのある演技で好演。
 門番役の梅津栄もおっとりしたなかにとぼけた面白さがあり、非常に良かった。
 ベテラン女優が演じる3人の魔女役のうち神保共子は、マクベス夫人の侍女役も兼ね、侍医との会話の場面では魔女の雰囲気を醸し出していて不気味さを含んでいた。
 二人の主役を出し抜くようなこれらのわき役の演技も大いに見ものであった。
 『NINAGAWA・マクベス』から脱皮した新生『マクベス』で、蜷川幸雄はあらたな境地を開いたと思わせる舞台であった。

 *注1、2は『マクベス』のプログラムより引用。

 

訳/松岡和子、演出/蜷川幸雄、装置/中越司、照明/原田保、衣装/小峰リリー
3月24日(土)19時開演、彩の国さいたま芸術劇場・大ホール
チケット:(S席)9000円、座席:1階J列30番

 

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