高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   アルメイダ劇場来日公演 『コリオレイナス』           No. 2000_22

コリオレイナスの母ヴォラムニアの説得で、ローマは救われ、メニーニアスをはじめ、ローマの市民たちが歓呼の声で、ヴォラムニア、コリオレイナスの妻ヴァージリア、その息子小マーシアスらを出迎える。
その喜びを表象して、赤い紙吹雪がヴォラムニア一行に舞い落ちるが、ヴォラムニア一行は、まるで葬式のように、うつむいて陰鬱に黙りこくったまま通り過ぎて行く。
それは、文字通り、葬送の序曲であった。
赤い紙吹雪は、舞台一面を深紅の絨毯のように覆いつくし、赤い紙吹雪が血の色を象徴しているのは容易に推察できる。
タラス・オフィーディアスがヴォルサイの元老院議員たちに、コリオレイナスを裏切り者として報告し、謀殺する。
赤い紙吹雪は、コリオレイナスの血の海として拡がるイメージを持つ。
ジョナサン・ケイトの演出は、ヴィジュアルな舞台を構築し、非常に分かりやすい、明確なヴィジョンの舞台構成である。
コリオレイナスは、高潔な武人の鑑なのか、高慢で政治能力を欠いた単なる軍人に過ぎないのか。
『コリオレイナス』は政治劇としての側面を持ち合わせていて、その様に利用されることも多く、たとえば、1930年代にドイツでヒトラーがコリオレイナスと並び称賛されるというようなこともあった。
しかし、ジョナサン・ケイトの演出では、コリオレイナスを一人の人間として描き出し、そこに政治的風刺や喧伝は見受けられない。
戦場にあっては優れた武人であるが、それはひとえに母に褒めてもらいたいという潜在的欲求がなせるものである。
コリオレイナスの友人メニーニアスが気持の上で父親代わりのつもりでいるが、本質的には父親不在である。
コリオレイナスの本質は、母親への胎内返りの願望が見える。
自分の息子に対しての父親としての存在感がなく、妻であるヴァージリアの存在も、コリオレイナスに対しては希薄である。
母親であるヴォラムニアの存在感が圧倒的で、そこに歪んだ母権が見られる。
コリオレイナスには母の呪縛が解けない。その呪縛を解く唯一のチャンスがローマを追放された時であった。
だからこそ、かつての上司であるコミニアスや、父親的存在でもあるメニーニアスの嘆願にも全く耳を貸さず、妻や母の嘆願にも初めは耳を傾けなかったが、母の最期の言葉でそれは脆くも崩れてしまい、苦渋に満ちた顔で、無言のまま母の手を握りしめ、去ろうとする母を引き留める。
そして、母にすがりついて男泣きする。この姿はまさしく、コリオレイナスの胎児返りであった。
コリオレイナスは、大人になれなかった子供、父親になれなかった大人の子供、夫になれなかった子供の大人である。
公演プログラムの「ジョナサン・ケイトと松岡和子の対談」で、ジョナサン・ケイトは、『コリオレイナス』は、<硬質で、冷たくて、柔軟性に乏しい芝居であり、非常に頑固で、難解な芝居であるという点で、セットにも硬質的なイメージを出したかった>と語っているが、その舞台イメージははっきり出ていたと思う。
今回の来日公演は、『リチャード二世』との対をなし、その両方で主演を演じるレイフ・ファインズの演技も一つの見ものである。
この二つの劇は、どちらも間口が広いということで、本拠地としているアルメイダ劇場では無理ということで、元は発電所だったというゲインズボロ・スタジオで上演されたという。
そういう意味では、この度の劇場である赤坂ACTシアターは、それにふさわしい劇場であったと言えよう。
この劇に見合ったスケールの大きさを感じた。
舞台の圧巻は、演技もさることながらその台詞回しにあった。
コリオレイナスを演じた主演のレイフ・ファインズをはじめとして、台詞で魅了してくれる役者がそろっていて、これぞシェイクスピアという醍醐味を楽しむことが出来た。

公演プログラムから演出家と出演者について見ると、演出家のジョナサン・ケントは、イアン・マクダーミッドと共同でアルメイダ劇場の芸術監督を10年間務めている。南アフリカで、父も兄も建築家という環境で生まれ育ち、最初は画家としてスタートし、その後俳優に転じ、演出と、アルメイダ劇場の企画・運営はその集大成であると、次のよう語っている。
<絵も建築も、そして演出によって空間を埋めていくことも、すべて関連性があると思う。常に明快なヴィジョンを持ちつつ、全体のバランスを考えて、そしてそこに立つ個体(俳優)の一番いい部分を活かしていく―いや、なによりもまず、表現の対象としてどんなテーマを選ぶのか、という独自の目が問われるところも同じだね>
タイトル・ロールを演じるレイフ・ファインズは、ジョナサン・ケイトの演出で『ハムレット』(アルメイダ劇場)を演じ、トニー賞とニューヨーク・ドラマ・デスク賞の最優秀主演男優賞を受賞。映画にも多く出演し、『シンドラーのリスト』、『クイズ・ショー』などが記憶に新しい。
コリオレイナスの敵役タラス・オフィーディアスは、ライナス・ローチが演じる。ヘンリー・ジェイムズ原作の映画『鳩の翼』で主役を演じている。両親とも俳優で、少年時代から舞台に立ち、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー等で、シェイクスピア劇をはじめとする数々の舞台で活躍。『リア王』のエドガー、『リチャード二世』のタイトル・ロールなどで絶賛されている。
コリオレイナスの母ヴォラムニアは、バーバラ・ジェフォード。シェイクスピア劇32作/50プロダクションで、37の役柄を演じた経歴を持つ。

(主催/TBS・ホリプロ、演出/ジョナサン・ケイト、10月15日(日)13時開演、
赤坂アクトシアターにて。 チケット:(S席)10000円、座席:8列7番)

 

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