高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
     鐘下辰男版 『マクベス』            No. 2000_19

3人の魔女に代わって一人の赤い女がマクベスの運命を操る。
そして相役に魔界の子ノーマンが魔女の代わりを務め、「きれいは汚い、汚いはきれい」の台詞は呪文のように、この二人によって繰り返しリフレインされる。
舞台は、中央いっぱいに鋼鉄製の銀白色の大きなテーブルが据えられ、食卓のテーブルの役を果たすこともあれば、戦闘の舞台ともなる。
舞台はいきなり戦闘の場面から始まり、コーダーの領主がドヌルベイン、マクダフと激しく戦った末に倒される。
コーダーに止めを刺して息の根を止めるのはマクダフ。
生かしておけば裏切りの黒幕のことを聞きだせたかも知れないと、味方の武将が彼を責める。
この場面は、マクベスがダンカン王の見張り番を下手人として激情に駆られて殺してしまったことと重なってくる。
コーダーの領主は原作にあるノルウェー軍と呼応しての反乱ではなく、イングランドと手を結んでの裏切り行為に仕立てているのが鐘下版『マクベス』 の伏線となっている。
マクベスはドヌルベインの短剣を使ってダンカン王を殺害した上にその短剣を証拠に、ドヌルベインをダンカン王殺害の下手人として激情の余り我を忘れて(?)殺してしまう。
バンクォーは自ら進んでマクベスを国王に推挙するが、マクベスにとってバンクォーを殺さなければ彼の傀儡と化してしまうほどバンクォーの影響は強いものになる。
夜の宴会の前にバンクォーが息子のフリーアンスと馬で遠乗りに出かける場所はバーナムの森である(原作にはないバンクォーの出かけた場所が、バーナムの森であるというのが面白い)。
そこでバンクォーは赤い女に会って自分の運命の予言を今一度確かめようとする。
しかし、待っていたのはマクベスから送られた刺客の手であった。
その夜の宴会の席で席を外すのはマクベスではなく、マクベス夫人。
「せっかくの宴も、おいでいただいた喜びを、こちらでたえず口にしていなければ、料理屋で食事をなさるのとおなじこと。どなたにしても、飲み食いだけなら、自分の家にこしたことはありませぬ」というマクベス夫人の台詞は、マクベスによって夫人に向けて語られる。
マクダフの屋敷の襲撃の場では、マクダフ夫人とその赤ん坊はマクダフへの人質としてマクベスのもとに連れて来られ、マクベス夫人はマクダフ夫人と言葉を交わし、初めてマクベス夫妻に男の子がいたことが語られる。
ある日、マクベス夫人がその子に栗を食べさせている時、薄汚れた子供が「自分にもおくれよ」と言ったのに対して石を投げつけて追い払ったが、その後気が付くと自分の息子がどこにもいない。
見つけたところは井戸の中であった。
この栗は、実は魔女(ここでは魔界の子、ノーマン)が、船乗りの妻が食べていた栗を「わしにもくれ」と言って断られた栗であり、マクベス夫妻との二重の関係が暗示されている。
マクダフ夫人の赤子を引き取ってあやすマクベス夫人は、すでに狂気の世界にいる。
赤子を足元に放り投げ、「この子も羽根がないので飛べないのね」、と放心の状態でつぶやく。
我が子が無残にも地面にたたきつけられたのを見て絶叫するマクダフ夫人は、その場でシートンに殺される。
マクベスが夫人にあてた手紙は、夫人が発狂してからマクベスの回想として読まれるのも原作とは異なっている。
マクベスがマクダフに殺され、スコットランドに平和がもたらされた(ように見える)とき、マルコムはスコットランドにおいて今後一切の殺戮を禁ずると宣言するが、イングランドの武将シュアードは、反対する者がいれば自分がぶち殺してやると付け加える。
今やマルコムはマクダフの傀儡でしかなく、マクダフがイングランドと手を組んでいることで、コーダーの領主の反乱の背後にはマクダフがいたということをうかがわせる。
最後はフリーアンスが舞台奥からじっと見つめていて、将来の国王の祖先であることを暗示する。
原作との違いと、それがどのように展開していくのかを楽しんで観ることが出来た。
出演は、マクベスに鹿賀丈史、マクベス夫人に高橋惠子、ダンカン王にすまけい、バンクォーに木場勝己、マクダフに若松武史など、個性的俳優が期待通りの演技を楽しませてくれた。

(訳/福田恆存、上演台本・演出/鐘下辰男、
9月24日(日)13時開演、新国立劇場・中劇場にて観劇。
チケット:(S席)6300円。座席:1階20列50番)

 

>> 目次へ