高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
     シェイクスピア・カンパニー公演 『恐山の播部蘇』           No. 2000_14

舞台上手に、人の背丈ほどの高さのむきだしの水道管。
蛇口からときおり水滴がポタリ、と落ちてくる。
開場から開演までの時間、舞台の上では静かにその水滴のリズムで時が過ぎていく。
開演までは実際には音楽が流れていて、その水滴のリズムはよほど注意していないと気づかないかもしれない。
開演となると、その水道管にのみスポットライトがあたり、注意を引く。
そして、その水滴のリズムの音が、ゆっくりと間隔をおいて耳に響いてくる。
独房でその水滴の落ちる音を聞いていたら気が狂ってしまうような、そんなリズムである。
その水滴の音のリズムで次第に緊張感が高まってきたところで、暗転。
そして、場所は恐山の麓のイタコ(霊媒)の祈祷の場面から始まる。
白装束の3人のイタコは、『マクベス』の3人の魔女に通じる。
イタコの祈祷の言葉は東北弁で半分も分からないが、分からないまでも、その東北弁が音楽のように心地よく耳に響いてくる。
「いいは悪いで、悪いはいい」もなんとなく聞き取れるといった具合であるが、分からない分だけありがたみが増すような気がする。
背景には、石地蔵のようにしてそそり立つ白灰色の石岩の群れ、その中に曼珠沙華をあしらったように幾本もの赤い風車が印象的である。
舞台装置といえるものは、そのイタコの背景となる石岩群と風車だけで、あとは裸のシンプルな舞台である。
台詞と人の動き、所作のみで東北弁の台詞劇を思う存分満喫させてくれる。
登場人物の名前は、シェイクスピアの『マクベス』の音を借りてつけられているので、台詞を聞いている限り『マクベス』の人物名とほとんど変わりがない。
マクベスは秋田城主出羽守、のち鎮守府将軍となる清原播部蘇(きよはら・まくべす)、ダンカンは鎮守府将軍藤原弾家(ふじわら・だんか)、バンクォーは丹沢城主陸奥権守安部磐呼(あべ・ばんこ)といった具合である。
劇中では「まくべす」と呼ばれ、「ばんこ」と呼ばれるので、登場人物でまごつくことはない。
シェイクスピアの『マクベス』の場所もイングランドではなくスコットランドという北の果てに近い国の物語で、場面設定の東北の地と東北弁とがよくマッチングしている。
マルカムは父ダンカンの暗殺後イングランドに逃れるが、弾家の息子麿家(まろか)は朝廷のある京へと逃れるのも原作の筋立てにそっている。
秋田城の門番、錠兵衛(じょうべえ)の台詞も原作にうまく合わせて作り上げている。
豊作貧乏の話は、海の幸‘はたはた’の豊漁に移し替えている。この置き換えの話をどのようにしているかを聞き取るだけでも、この門番の場面の台詞は興味深い。
演技面では、この門番役の岩住浩一、播部蘇の両国浩一、播部蘇夫人の星真輝子、弾家の犹守勇などがよかった。
省略はあるが、話の筋立ては『マクベス』にほとんど忠実な運びであり、麿家が鎮守府将軍に国府多賀城(スクーン)で就くことを宣する場面で終わりかと思ったが、ちょっぴりひねりがあった。
そこで場面が暗転し、再び初めの場面に戻って、今度は安部播那夫(あべ・まくだふ)と宇曽利呂巣(うそり・ろす)の二人が3人のイタコの前に現れ、イタコは将来の鎮守府将軍と予言する。
日本の舞台に翻案された『マクベス』といえば、まず思い出されるのが黒澤明監督の映画『蜘蛛巣城』であるが、この東北を舞台にして東北弁を使っての『マクベス』も味わいのある作品である。
魔女をイタコに置き換えるなど、土着の臭いがして、面白い着想だと思った。
音楽も非常に効果的で大変良かったと思う。
8月のエジンバラ・フェスティバルでの参加公演の英国での反応が楽しみである。

(翻訳・脚本/下館和巳、演出/下館和巳、山路けいと、6月18日(日)12時開演の部、
品川・六行会ホールにて観劇)

≪『恐山の播部蘇』あらすじ紹介≫(劇団パンフレットより)
劇中の舞台は9世紀の東北。時代は古代から中世へと移り変わろうとしていた。奥羽(東北)では長い間朝廷人と蝦夷人、土着の豪族である安部氏、清原氏、藤原氏らが入り乱れ、長い間戦乱の時代が続いていた。しかし京の藤原家と蝦夷人の血を合わせ持つ有徳の豪族藤原弾家が鎮守府将軍となり、東北の地はかつてない平和と繁栄の時代を迎えることになる。朝廷は多賀城に国府をもうけ、藤原氏一族は平泉を拠点として京にも勝るとも劣らない都を築き上げていた。
ところが海を越えた北海の蝦夷人松前垂埜(まつまえ・すいの)が奥羽に攻めより、新たな戦が起こった。藤原弾家配下の勇猛な武将清原播部蘇は戦の途上に下北恐山を訪れ、そこでイタコ(霊媒)の降ろした霊によっていずれ鎮守府将軍になることを予言される。播部蘇は自らの心の中の野望をイタコの言葉の中に聞いて将軍の暗殺を企て、実行する。……

 

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