高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   AGUA GALA公演 『ハムレットマシーン』          No. 2000_03

ドイツの劇作家ハイナー・ミューラーの『ハムレットマシーン』をAGUA GALA(アグアガラ)が挑戦。
ここであえて挑戦という言葉を用いたのは、当公演の案内文にもあるように、1977年に発表されたハイナー・ミューラーの『ハムレットマシーン』は<僅か9頁にも満たないテキストが、ハムレットやオフィーリアを含む歴史の引用や記号が随所に散りばめられたモノローグの集積があるのみで、戯曲の解体を進めた上演不可能なテキストとして名高い作品>ということからである。
これは先に公演された第三エロチカによる『ハムレットクローン』と比較してみると大変に面白い。
開場は開演30分前が普通であるが、ここでは開場と開演が同時である。
開演までロビーで待たされ、開演時間になってはじめて整理番号順に入場させられる。
ここで思いついたのは『ハムレットクローン』の始まり方である。
あれも実は開場と開演を同時にしたかったのではなかろうか。ところが待合場所もない劇場の都合上やむをえず開場時間と開演時間をずらしたのではないだろうか。それを逆手に観客と演技者との位置関係を逆にして、観客を舞台の群衆とする効果を出すことができた、そんな気持ちを起こさせた。
原作がドイツ語であるせいか、『ハムレットクローン』と同様に、この劇の冒頭(通常で言う開演前の状態)しばらく、ドイツ語の<放送>が続く。
『ハムレットクローン』ではその辺の演出意図まで気が回らなかったが、両者を見ることで演出の意図に気付かされた。
舞台は二重構造となっていて、額縁舞台が奥舞台となり、奈落に当たる場所を前舞台にし、一面に水が張られている。
中央には巨大なコンベヤベルトの巻き芯が吊り降ろされていて、両脇には建築現場の足場のような鉄製の格子の構造体が組み据えられ、雰囲気としては地下のボイラー室のような殺伐とした無機質的なイメージである。
それは、音響としてボイラーの蒸気音のようなものが繰り返し発せられることからも感じさせられる。
第三エロチカの『ハムレットクローン』が饒舌なモノローグの集積とすれば、AGUA GALAの『ハムレットマシーン』は、台詞のない寡黙なモノローグの集積である。
ハムレットの「言葉、ことば、コトバ」を否定するかのように、表現は身体のパーフォーマンスでなされる。
その身体による表現も、流れるような身体の動きではなく、窮屈な極限的な身の動かし方である。
能の動きのような緩やかさに、不自然なまでのストイックな所作をなすことで激しさを感じさせる、<身体の叫び>ともいうべきパーフォーマンスである。
このことについては公演の案内文に、<肉体を媒体にした精神的身体の叫び>として表現している。
この<叫び>は肉体で表現されるだけでなく、時として声でもその<叫び>が発せられる。
劇そのものには物語性はなく、断片の集積体で、極めて状況的である。
観客に想像力を働かせることを強いる。
見る側にも身体のストイックな表現同様に、ストイックさを求める。
台詞のない分だけ、身体の表現を見ることに集中力を働かせることを強いられる。
前面の奈落の舞台を中心に演じられるのであるが、並行して額縁舞台においても舞台が進行していることがあり、目の焦点をどちらに向けるかが問題となる。
シェイクスピアが<見る>劇である前に<聴く>劇であることを思うとき、AGUA GALAのこの劇は、言葉の向
こう側に目を向けて、既成の観念を解体する。
『ハムレットクローン』と『ハムレットマシーン』の二つの劇を考えるとき、なぜハムレットであり、なぜシェイクスピアであるのかを思わざるを得ない。
現代の閉塞状態を解体しようとするとき、演劇の象徴的存在であるシェイクスピアやハムレットは本歌取りにふさわしいほどに人口に膾炙されているが故であろうか。特にハムレットは多重的な意味を持つだけに解釈の余地が大きいのでいろいろやれるということでもあろう。
<既存のジャンルを超えた>、むしろ<異端とも言える身体表現で、目の前の現実に対する様々な問題提起を促し、過剰なまでの起爆力を持ったスペクタクル>(公演案内文より引用)を展開している。
上演時間は原作のテキスト同様に1時間強と短いが、それゆえに密度の濃い演出であった。
演出・振付・音楽・美術は、この劇団の設立者であるARISAKA。共同演出として、同じく劇団設立者である鏡日果子。この二人はともに出演もしている。
AGUA GALA劇団については、1987年、演出・振付・音楽・美術家のARISAKAと女優鏡日果子により設立され、その演劇的活動は<精神的身体による叫びを基調とした、従来の演劇やダンスの領域では解説しきれない共鳴・共振の世界へと誘う独自の世界>を創造してきたとある。

 (1月28日(金)19時半開演、新宿・全労済ホール/スペースゼロにて観劇。チケット:3500円)

 

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