高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   ヤング・ヴィック・シアター来日公演 『ジュリアス・シーザー』  No. 2000_026

 全体を通して言えることは、非常に象徴的効果を狙った演出という印象が濃い演出である。
まず、その舞台構造から。
 いわゆる張り出し舞台でもなく、かといって額縁舞台でもない。
 舞台は水平に広く広がる。そして舞台中央から、花道のようにして前方に向かって下り傾斜のせり出しがある。
 そのせり出しに対して、舞台上手には渡し場の桟橋のようにして袖道が、同じように下り傾斜に渡っ ている。
下手の中央寄りには、メイン舞台から少しだけ降りる階段がある。
 そして中央背後には二階席までのびる額縁枠が求心的構造体として、嵌め込みのようにして存在する。
 これはポスト・パーフォーマンス・トークの質問で分かったことだが、ロンドンのヤング・ヴィック劇場は円形劇場で、舞台中央の花道は観客席までずっと伸びていて、俳優の動きもそれだけ大きく動けるようである。その意味では東京グローブ座の舞台は逆に水平の広がりが拡がりすぎて求心が薄れたのではないだろうか。
 この舞台構造はローマのキャピトルを表象して、丘の上のイメージ化を狙っているということである。
 本来はT字型舞台構造で、中央の花道を駆使してキャピトルの丘のイメージの象徴化も、もっと具体化されていたのが構造上の制約で、その表象が不十分に帰したのではないだろうか。
 全体のテーマを政治的暗殺という点に力点をかけており、そのため照明の効果が一貫して全体的に暗い。
 俳優の目の動きも十分とらえられないが、それはむしろ意図的演出のようである。そのため舞台全体のイメージが暗いばかりでなく、展開も暗い。
 この点については、『ジュリアス・シーザー』は単に政治的暗殺劇という単純な底の浅いものではないと思うし、シェイクスピア本来の多様性からしても、あまりに限定した表出は面白くないのではないかと思う。
 この政治的暗殺の象徴的人物は、占師であろう。
 占師は、<観る人>として舞台から外れることがない。
 時には中央背後の額縁枠の構造体の二階席の長椅子に腰かけて、下で起こる事の成り行きをじっと見つめる。
 占師は観るだけでなく、ブルータスらの自殺の幇助もして、自殺に用いられる剣の介添え役もする。
 <観る人>は<死神>でもある。
 それゆえ、フィリパイでは、占師に代わってシーザー(の亡霊)がその二階席に座って、事の成り行きをじっと見つめる。その時のシーザーも<死神>である。
 シーザーの暗殺の場面では、演出としての血は流れない。
 しかし、ブルータスとアントニーの演説が終わって第一部を終える前、舞台中央の花道の奥に腰をかけている占師の足下から、その白い花道に、一条の真っ赤な血がすーっと舞台前方に向かって流れて、休憩となる。
 これなどは、非常に象徴的印象の効果を狙ったものであろう。無言の言葉として目に強烈に訴え、強い印象を残し、第一部の余韻の効果を与える。
 全体的に象徴的効果を狙った演出と表現したが、これは開演の展開にも大きく現れている。
 場面はいきなり1幕2場から始まる。これは走る競技か何かの場面である。シーザーは妻カルパーニアに向かって、アントニーが走ってきたらその前に立ちふさがって、彼に触れてもらうよう指示する。
競技に参加している参加者は全員半身裸になっている。ローマ時代の人物のように筋骨たくましい肉体美である。
 この肉体美については、ブルータスとキャシアスの二人がホモセクシャルな関係を暗示する伏線となっている。
 この2場が、護民官たちと職人たちの会話の1場と倒置されたのは、肉体美を前面に出すことでローマ時代のイメージを洗脳化するためでもあろうか。
 シャワーを浴びる情景を出すことも、ローマ時代の大浴場の雰囲気を表現する象徴的手法の一つと考えられる。
 もっとも、シーザー暗殺の後の場面では、このシャワーが別の意味合いを帯びて、返り血を洗い流す浄めともいえる。
 肉体美賛歌といえば、最後の場面、フィリパイの戦場でブルータス一味が敗れ、ブルータスも自害するわけだが、オクテーヴィアスの台詞をしり目に、ブルータスは例の額縁枠の二階席に上がり、上半身胸をはだけ、無言の叫びをあげて、暗転する。最後まで象徴的である。
 このように全体的には象徴性の高い演出、上演といえるが、不満としてはブルータスやアントニーの演説には大衆が不在のような印象を受け、この劇が持つ本来の大衆性が感じられなかったことと、戦闘場面での情景変化の音楽が、効果音というより、いらいらを募らせるような耳障りな感じがしてならなかったことであった。

 

主催/ブリティッシュ・カウンシル・東京グローブ座、演出/デイヴィッド・ラン
11月12日(日)13時開演、チケット:(S席)8500円、座席:J列31番

 

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