高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   アルメイダ劇場来日公演 『リチャード二世』           No. 2000_025

 リチャード二世という人物は、リチャード三世のように悪役に徹するわけでもないし、ヘンリー五世のように英雄的国王でもなく、演劇の観点から見ると魅力に乏しい気がする。どちらかといえば、駄目人間の典型のような人物である。
 そういう人物を、この度のアルメイダ劇場来日公演では、レイフ・ファインズがコリオレイナスと日替わりで演じ分ける。面白いと言えばそこが興味どころである。
 歴史劇として英国人には違った見方もあるだろうが、歴史的背景に疎い我々にとっては、この二つの劇は比較論で見る方が身近に感じる。
 傲慢にして、剛直なコリオレイナスに対して、疝気質でやわな感じのリチャード二世、というのがこの二人を並べたときの印象であった。
 それをレイフ・ファインズがどのように演じるかがみもの。
王としての権威の印象が乏しいリチャード二世が、弱さの中にも芯の強さを見せる場面は、王冠をボリンブルックに譲り渡すときの所作である。
 リチャードはボリンブルックに王冠を手渡そうとするが手放さず、二人は王冠の両端を引っ張り合うように持ち合う。ボリンブルックはリチャードがどうしても手放そうとしないので、いったんは手を引き込める。
 そのときのファインズの一連の所作は道化を思わせる、というか道化を演じているようであった。
魅力の乏しい人物に人間味を通わせ、親しみを覚えさせる場面である。
 今回のアルメイダ劇場の『コリオレイナス』と『リチャード二世』は、対をなしての上演なので、キャスティングをはじめとして、この二つの作品を比較の点で見るのが正解であろう。
 『コリオレイナス』では、レイフ・ファインズがコリオレイナスを傲慢にして剛直な人物として演じ、相手役のオーフィディアスにはライナス・ローチが演じるが、コリオレイナスの陰に隠れた人物となっている。
 一方『リチャード二世』では、ファインズが同じくタイトル・ロールで、ローチがボリンブルック(後のヘンリー四世)を演じ、ここではローチのボリンブルックの方が傲慢・剛直な人物として、はっきりした性格を演じる。
 ファインズは、リチャード二世を役柄的にボリンブルックの陰に沈む存在として、魅力のない人物を魅力的に演じている。
 脇役もそれぞれが好対をなすキャスティングである。
 ヨーク公には『コリオレイナス』でメニーニアスを演じたオリバー・フォード・デーヴィスが、ヨーク公爵夫人にはコリオレイナスの母ヴォラムニアを演じたバーバラ・ジェフォードが演じ、心憎いほどのキャスティングであった。
 ヨーク公もメニーニアスも、人のよさがにじみ出ていた。
 ヨーク公爵夫人は、ヴォラムニアを彷彿させる女丈夫で、ヨーク公にも公然と抵抗する。
 ヨーク公の息子オマール公は、コリオレイナスのヴォラムニアに対するのと同様、マザコンを感じさせるのが興味深かかった。
 リチャードの王妃イザベル役のエミリア・フォックスは、コリオレイナスの妻ヴァージリアの影のような存在とは異なり、リチャードの弱い分だけ逆に強く演じていた。
 リチャード二世と、その取り巻きの連中(バゴット、ビッシー、グリーン)は明るい白っぽい衣装で、ボリンブルック派は黒の衣装というコントラストは、鮮明なイメージを抱かせ、象徴的であった。
 舞台構成としては、前半の舞台は、舞台一面が芝生の緑に覆われていて、舞台後方の中央から上手よりに、一本のリンゴの木があり、林檎がたわわに実っているが葉はないので、それはもう盛りを過ぎていることを象徴しているようである。
 後半の舞台では、舞台前方の一部が矩形に芝生がなくなって地肌がむき出しとなっている。林檎の木はすでに林檎が大地に落ちてしまっていて、リチャードの凋落を暗示している。
 シンプルな舞台構造の中にも非常に象徴的な意味が込められているのは、『コリオレイナス』の舞台と同様である。
 『コリオレイナス』と『リチャード二世』の両方とも奇をてらった演出がなく、安心して見られるのだが、台詞を緊張して聞くのに疲れるのと、率直な分だけ刺激に乏しいせいか、二つの上演とも前半は結構眠りに誘われた。
 一つには、この二つの上演とも、前半が1時間45分程度と上演時間が長いせいもある。もちろん、一番には英語の台詞についていけないせいもあるが、後部座席のイヤホンを利用して観劇している人も居眠りしていたというから、あながち語学力だけの問題ではないだろう(とは自分への慰め)。
 これは、実直な演出の分だけ、遊びがない、もしくは遊びが少ないせいもあるだろう。
 とは言いながらも、この度のこの二つの作品を、これだけのしっかりした台詞劇として、しかもこれだけのキャスティングで観ることができたのは喜ばしい限りであった。

 

TBS・ホリプロ主催、ホリプロ制作、演出/ジョナサン・ケント
10月22日(日)13時開演、赤阪アクトシアター、チケット:(S席)10000円、座席:22列1番

 

>> 目次へ