高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   アカデミック・シェイクスピア・カンパニー公演 『から騒ぎ』   No. 1999-012
空白

 開演に先立ち、レオナートとアントーニオ役の二人が前口上で舞台の背景を説明するところから始まる。
 まず場所について舞台となっているメシーナが、旧スペインのアラゴン王国の領国の一つであるイタリアのシチリア島の東北部の都市であることを手製の地図で、歴史的背景と共に説明する。
 時代は13世紀の頃とも、シェイクスピア当代の17世紀初頭ともいえるが、はっきりしない。
 時は今しもメシーナに反乱が起こり、アラゴン王国の領主ドン・ペドロが一党を率いて抑えに向かし、そこでクローディオとヒーローが一度出会うという下地が口上と黙劇で説明されるので、初心者にも物語の展開に無理なく入り込めるような工夫がなされている。
 舞台装置はシンプルで、背もたれのないいくつもの長椅子とテーブルが舞台全体を支配していて、役者はそのテーブルを使って縦横無尽に動き回る。
 舞台装置をシンプルにしたことについて、演出の彩乃木崇之は「この度5回目の本公演を迎えるに当たってアプローチの仕方をまるっきり正反対に、180度転換してみる。ビジュアル色をほとんど排し、登場人物の人間関係のみに焦点を当て、その関係の絡み合いの面白さを思い切りクローズアップさせてみようと思うのだ。単純化させることによって観客のイメージを喚起させる。演劇だけが持つ最大の醍醐味。偉大なるピーター・ブルック先生に心から敬意を表します。<何もない空間>ASCバージョン、お楽しみ」とその意気込みを語っている。
 これまでのASCの公演は意表をつく演出に特色があり、新鮮な切り口を楽しませてくれる意外性があったが、今回の公演は、シェイクスピアが生み出した人物たちの巨大なエネルギーを、言葉、ことば、コトバでダイナミックに表現しようとする試みであるといえる。
 そのコトバのエネルギーを余すところなく発散させるベネディックとベアトリスのコトバの投げ合いを、菊地一浩と那智ゆかりが息の合ったところを見せてくれる。
 出演は他に、綾乃木崇之、戸谷昌弘、鈴木麻矢、石山崇、明楽哲典。
 全体の印象としても、原作の持つ地中海の明るさを十二分に満喫させるだけの雰囲気作りにも成功した演出といえる。
 上演時間は休憩なしの2時間弱で、一気に演じられた。

(翻訳/小田島雄志、演出/綾乃木崇之、99年6月14日(月)19時、東京芸術劇場・小1にて観劇、
チケット:4500円、座席:A列13番)

 

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