高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   『どぽんど(陥人)〜ヴェニスで溺れて〜』              No. 1999-006
空白

 シェイクスピアも桟敷席から思わず身を乗り出して、どぼん!
 『ヴェニスの商人』を縦糸にして、横糸が『テンペスト』、『オセロー』、『マクベス』、『間違いの喜劇』、それに隠し糸が『十二夜』、タイトルだけが台詞に出てくる『から騒ぎ』と、シェイクスピアのオンパレードの贅沢な物語。
 どこかで破たんしそうな危うさの中で、うまい具合に円環状態でまとめ上げた、若さあふれるドラマであった。
 作・演出はシャイロック役を演じる松村武。早稲田大学演劇倶楽部を母体に、劇団カムカムミニキーナを1990年に旗揚げし、全ての公演で作・演出・出演をこなす気鋭の28歳。
劇団名でも知れるように(カムカムミニキーナ=Come Come 見に来な)、洒落っ気のある劇団のようである。
 この『どぽんど(陥人)』でも、TVのお笑いギャグめいたものがかなり使われていたようである。
 観客は圧倒的に20代の若者で占めていたが、彼らはそんな箇所で結構大きな声で笑っているのだが、 TVをほとんど見ない自分には残念ながら何がおかしいのかさっぱり分からなかった。
 ただ、そういう<乗り>だけの薄っぺらではない笑いも十分に提供してくれた。
 物語は、『ヴェニスの商人』の法廷の場から始まり、シャイロックは裁判に敗れて悲嘆し海(運河)に身を投げるが、『テンペスト』で台詞だけに登場するシコラクスが、息子のキャリバンを彼の息子にする条件で助け上げる。
 ここからシャイロックの復讐の罠の仕掛けが始まる。
 ヴェニスの商人のアントーニオはマクベスとなり、シコラクスが魔女となって、一介の商人が大蔵大臣となり、将軍となって、ヴェニスの大公となることを予言する。
 『ヴェニスの商人』の大公はダンカンの役回り、バンクォー役に回るのが主筋とは無関係にオセローが登場し、そこで話が『マクベス』と『オセロー』とに交錯して展開していく。
 イアーゴーは『リア王』の乞食に身をやつしたエドガーの台詞回しに聞こえる。
 主筋で名裁判官役をこなしたポーシャが、変装したシャイロックの罠にはまって賭博のカードに血道をあげるようになり、はじめはキャリバンの超能力で当たりに当たり、そこで深みにはまっていく。
 しかし、それは仕掛けられた罠であり、次第に賭けに負けて擦っていき、求婚者のバッサーニオに泣きつくが、彼は一文無し。親友のアントーニオに融通を頼み込むが、折あしくもアントーニオ(=マクベス)はヴェニスの大公(=ダンカン)を殺害した直後である。
 アントーニオはバッサーニオに現場を見られたと早合点し、言われるままに金を貸す。
 オセローもイアーゴーに乗せられてデズデモーナを殺害しようとする、
 こうしてシャイロックの復讐の企みが成功し、破局を迎えようとしているその時、二人の男、マルコ・ポーロとドローミオが嵐を乗り越えてたどり着く。
 マルコ・ポーロは実はバッサーニオの兄で、ドローミオはダンカン(=ヴェニスの大公)である。
 マルコ・ポーロは、さしずめ『間違いの喜劇』のアンティフォーラスに当たるが、イメージとしてはバッサーニオとともにドローミオ兄弟のようである。
 話は前後するが、このバッサーニオがポーシャに気に入られようと侍女のヘレナ(なぜか、ネリッサではない)の入知恵で、『十二夜』のマルヴォーリオの役回りを演じて、黄色の靴下に十字の靴下止めでポーシャの前に現れる。
 マルコ・ポーロとバッサーニオは一人二役で早変わりで演じる。
 ドローミオに扮するダンカンは、アントーニオの手にかかったものの、危ういところで助かったことも分かり、誰もが血を流していなかったことで一同一安心、と思いきや、イアーゴーが自分の兄貴のアントーニオをナイフで刺し殺す。どぽんと落ちたのは誰なのか?罠にはまったのは誰なのか?二転三転、「私、落ちる人」。
 粗筋だけでは伝えられない、元気な若さもまたよし。

(作・演出/松村 武、99年3月27日(土)14時、東京グローブ座にて観劇、
チケット:4000円、座席:F列7番)

 

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