高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   市川染五郎の『ハムレット』                  No. 1998-014
白背景10

 劇場は超満員、補助席も不足し、通路の立見席までいっぱいであった。
 主演の市川染五郎にとって、ハムレットの初演は14歳の時で、ついで16歳の時にも演じており、今回は9年ぶりで三度目のハムレットとなる。
 初演は1987年11月、木山事務所プロデュースで三百人劇場、その時のオフィーリアは木山事務所所属の水野ゆふが演じ、89年7月に俳優座劇場で再演している。
 自分にとっては市川染五郎のハムレットを観るのは今回が初めてで、演出は初演以来の末木利文、舞台装置も初演から変わらず高田一郎で、福田恆存の翻訳を使っているのも変わらない。
 舞台には4本の柱が幾分斜めになって直立し、横真一文字の2階建て舞台の両袖から鉄製の階段が斜めにシャープに築かれる幾何学的構造の舞台装置となっている。
 89年の上演時にはこの階段はなかったが「若き青年ハムレットの9年の成長に応えて」付け加え「人 生のステップを象徴している」ということである。
 衣裳担当は緒方規矩子。オーソドックスななかにも斬新さを感じさせた。
 幕開きの場、バーナードとフランシスコーが胸壁の上に登場するが、台詞を発するまでにかなりの時間をかけているのが、二人の不安と恐怖を感じさせる迫真性があった。
 末木利文は福田恆存訳を用いながらも、時に大胆な変更や解釈を演出に組み込んでいる半面、残しておいて欲しかった台詞のカットなどもあった。
 ポローニアスと召使いのレナルドーの登場する場面は普通省略されるケースが多いが、ここではしっかり入っているが、そのレナルドーをパンフレットの「デンマーク王国・宮廷の人々」の系統図でレアティーズの異母兄弟としているのが何か意図があるのか気になった。
 ノルウェーへの使者ヴォルティマンドが役目を果たして帰国し仔細を報告する場面では、クローディアスが報告を聞くのもそっちのけでガートルードといちゃつき愛撫しているのを見て、ヴォルティマンドは憤懣やるかたないといった態度で今にも唾棄せんばかりである。
 夜の祝宴で慰労しようというクローディアスの言葉でヴォルティマンドはその場を引き下がるが、このことは最後の伏線の仕掛けともなってくる。
 レアティーズとハムレットの剣の試合で、ガートルードが毒杯で倒れ、レアティーズも己の策略で自らも傷つき倒れ王の策略を明らかにするが、ヴォルティマンドがこの時「謀反だ」と声を上げ、クローディアスに剣を向ける。
 場面の順序として福田恆存訳と異なるのは、ポローニアスに出くわしたハムレットが「お前は魚屋だ」という2幕2場を、3幕1場の「生か、死か」と入れ替えているが、これは第1クオート版の順序に従った演出であった。
 終演後の観客の反応には熱狂的なものがあったが、個人的感想としては、劇全体は非常にまとまりもよく優れた演出で演技もよかったと思うものの、今一つ感動という点では物足りなさがあった。
 期待した市川染五郎は目の表情にすごさがありうまいと感心したが、予想に反して意外と声の線が太くない気がした。
 オフィーリアの奥菜恵は自分にとっては初めてのせいかなぜか印象が薄かったが、クローディアスの村井国夫、ガートルードの久野綾希子は演技派らしい演技を堪能させてくれ、ポローニアスの金田龍之介、オズリックの佐古正人など脇役を重厚な配役で固めているので、全体もしっかりして感じた。


(翻訳/福田恆存、演出/末木利文、美術/高田一郎、1998年9月5日(土)18時30分開演、
サンシャイン劇場にて観劇。チケット:貸し切り料金、座席:1階17列17番)

 

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