高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   木山事務所プロデュース公演 No.78 『仮名手本ハムレット』     No. 1997-005
空白

「芝居」と「演劇」の違いとは何であろうか?
 『仮名手本ハムレット』は、芝居がかりな演劇で、芝居の面白さを抱えた芝居である。
 洋行帰りの男爵宮内礼之丞が演出家として、十二代目座主守田勘弥が本邦初演の『ハムレット』を上演しようとしている。
 ところが、ハムレット役の市川薪蔵(藤木孝)とオフィーリア役の滝川芝鳥(磯貝誠)を除けば、『仮名手本忠臣蔵』を演じるとばかりに総ざらいの当日まで思い込まされていたので、西洋物なんてとんでもないとばかりに、役を演じようとしない。
 守田勘弥がなだめるがだれもいっこうに聞き入れようとしない。それをこっそりと見物していた新聞記者の岡本綺堂が、『ハムレット』と『仮名手本忠臣蔵』の登場人物の役柄の類似性を説明する。
 そういわれてみれば似ていないこともないな、と妙に納得した気分で稽古が続けられる。
 芝居といえば歌舞伎であり、所作も台詞回しも歌舞伎調、まことに芝居がかっている。
 芝居とは異なることは、これまでになかった演出家が登場してくる。
 男爵宮内礼之丞は、日本にも「芝居」ではなく「演劇」を花咲かせようと意気込んで演出にあたっている。
 しかし、ハムレットの有名な台詞の場面、「長らうべきか、死すべきか、それは疑問だ」のところで市川薪蔵が演じるハムレットに、ついに匙を投げてしまう。
 ハムレットの心境は、『忠臣蔵』の大星由良助が主君の仇討ちを前にしての芸者遊びにうつつをぬかす苦渋の心境と同じではないかという守田勘弥の助言に覚りを開き、見事に演じ切る。
 その間のハムレットを演じる市川薪蔵役の藤木孝の熱演が、芝居がかっていて面白くもおかしい。
 『ハムレット』の劇中劇の稽古中、金貸しが旅役者に化けて登場し、利息の支払いを督促するが、吝嗇で有名な中山梅松(林昭夫)が支払ってなんとかその場をしのぐことができる。
 そのポローニアス役の中山梅松は西洋物などやってられないと一番反対していたのだが、『忠臣蔵』の塩屋判官の移し替えだ、そっくりだとだんだん乗り気になってくる。
 そこへ、大阪の興行師・堀谷文次郎が現れて、劇場主からこの新富座を買い取ったことを告げられる。
 病をおして頑張ってきた市川薪蔵の本邦初の翻訳劇の上演の夢も、初日を前にして潰えるとともに、彼も息を引き取る。
 『仮名手本ハムレット』は、木山事務所プロデュース公演で、92年の俳優座劇場、94年のパナソニック・グローブ座での公演に続いて今回が三度目で、ニューヨーク公演を前にしての公演で、東京芸術劇場・中ホールで1月31日から2月3日まで上演。

 

作/堤春恵、演出/末木利文
2月2日(日)、東京芸術劇場・中ホール、チケット:5000円、座席:1階H列8番

 

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